2013年12月16日月曜日

原発の恐怖は続く!1~3号機の燃料プールはまったく手付かず!

福島第一原発の4号機プール内にある核燃料の移送作業は、現在のところ、順調?に進んでいるようだ。


そんな中、大衆誌の「アサ芸プラス」の記事が話題を呼んでいる。


「現場作業員が独占激白!福島原発4号機 『燃料棒取り出し』の凄絶実態!」と題した記事の中で、福島第一原発の取材を続けている八木澤高明カメラマンのコメントがかなり、衝撃的な内容となっている。



「福島原発が水素爆発した際、何号機のものかは定かではないが、燃料棒の一部が敷地の中に落ちていた。しかし非常に線量の高いものでしょ。では、どうしたかというと、遠隔操作のブルドーザーで運び、瓦礫と一緒に原発のそばを流れる川の河川敷に埋めてしまったというんですね」


これはなんのことを意味するかおわかりだろうか?


多くの専門家がみるに、この燃料棒というはどうやら、3号機が爆発した際に、3号機の燃料プールから、飛び出した燃料棒の一本ではないかとみられていることだ。


いま、国民の意識は、移送作業が行われている4号機の燃料プールにだけ注視されているが、実は、使用済みの燃料棒を保管しているプールは4号機だけではない。


もちろん、1~3号機にもあった(!未確認)はずなのだ。


しかし、あまりにも、放射線が高線量であるため、人が近づくことができず、現在、その存在が詳しくわかっていないのだ。


また、3号機のプールもろとも爆発したという事実については、現在にいたるまで、東電や国は否定的だが、これについて、ブログ「院長の独り言」さんが興味ある見解を示している。




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そもそも、この3号機周囲は1000mSv/hrのがれきで示したように、超高レベルの汚染汚染があったところです。この汚染の原因は、何度も述べたように、3号機燃料プールの核爆発が原因だと思われます。


この際に、燃料ペレットがばらばらに拡散して、3号機周囲を中心に拡散したと考えると最もつじつまが合います。たとえば、この爆発で大きな穴が空いたタービン建屋は、3号機タービン建屋の大穴・・高線量のガレキでは?で示したように、単なる屋根を建屋に載せるだけで、10mSvもの被曝をしてしまいました。


そして、燃料ペレットの片割れと思われる物質も20キロ以上離れた楢葉町で見つかっています。この物体の物性を見れば、簡単にわかるはずですが、この物質は東電に持ち込まれ、未だに分析されていません。


そもそも、東電は2011年の6月に1F-3号機1階の状況分析 公開動画からで示したように床の汚染を測定(核分裂生成物などの物性)しているにもかかわらず、未だに発表していません。つまり、発表できないのです。

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アサ芸プラスの記事ではさらに、社会部記者の言葉を引用して、



「1号機の使用済み燃料プール内にある燃料棒70体が東日本大震災前から損傷していたことがこのほどわかりました。1号機プール内に保管されている使用済み燃料は292体で、その約4分の1に相当する。



損傷した燃料棒を取り出す技術は確立しておらず、2017年にも始まる1号機の燃料棒取り出し計画や廃炉作業は困難を極めます。事故前から損傷していた燃料棒は1号機プールの他にも2号機プールに3体、3号機に4体、4号機に3体の計80体あった。


しかし、震災後は、1~3号機は線量が高すぎ誰も近づけず、もはやこれらがどうなったかも、はっきりしたことは言えないのです」


つまり、ことほどさように、福島第一原発の原子炉内&プールにある燃料棒の状態はわかっていない。


4号機のみ、現在は語れているが、それは、東電と国が唯一、手を施せる場所であって、単なるプロパガンダにしかないものだ。


そもそも、損傷を受けている燃料棒はどうするか、プランも手段もないのだが・・・。


こんな状況の中、原発再稼動など、絶対ありえるはずはない!


2013年12月10日火曜日

新たな津波の危機を専門家が警告!~南海・東海地震だけではない

安倍政権による秘密保護法の強引な成立でドタバタしている内に、地震の専門家から、津波について、心配な情報が届けられた。


情報の送り主は、このブログではおなじみの立命館大学歴史都市防災研究センターの高橋学教授だ。


高橋教授によると、いま津波が一番心配されている南海(東海、東南海)地震だけではなく、意外なところから、日本列島に、大津波が襲ってくる可能性があるというのだ。




いま、西南日本では、ユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが潜り込んでいることはよく知られている。


しかし、そのフィリピン海プレートの南側に太平洋プレートがあり、フィリピン海プレートの下に潜りこんでいることは、忘れられがちだ。


フィリピン海プレートの移動速度は、以前のまま、4cm/年の速さで沈みこんでいる。


「しかし」だ!


東北地方太平洋沖地震以降、太平洋プレートの移動速度が10cm/年から、一挙に30~40cm/年にまで上がっていることは、あまり知られていない。





その結果、最近、西南日本太平洋遥か沖のフィリピン海プレートと太平洋プレート境で、M4~6の中規模地震が頻発している。(24時間で1回程度)。


高橋教授は、ここを震源とする大規模な地震が起きた場合、日本列島では揺れはたいしたことはないが、津波を発生させるが危険性があると指摘する。


場所は日本列島から800~1000kmのところで、津波到達時間はおよそ60分


十分に日本の海岸線の地域に被害を出しうるクラスの津波が、押し寄せることが想像できるわけだ。


注意しなければならいのは、震源が遠いため、揺れをあまり感じないことだ。


揺れを感じない地震だけに、1時間などはあっという間に経ってしまうことだろう。気付けば、目の前に、東北の悪夢がまた、展開されるなど、けしてあってはならない。


こうした地震は「津波地震」とも呼ばれ、実際、過去、明治三陸沖地震(1896年)や、チリ地震(1960年)では、揺れがほとんど感じなかったのに、日本列島に津波が押し寄せ被害をだした。






ちなみに、現在でも、世界的視点で見渡せば、南極とアルゼンチンとの間のM7.8の地震や、パプアニューギニア西部のM6.4の地震前にも、前兆とみられる地震が起きている。



高橋教授は、視野が狭すぎると災害になる地震を見落としかねないと警鐘を鳴らしている。

2013年11月30日土曜日

日本は"自由”のない戦前に!辺見庸が予知した日本の現在

作家の辺見庸のブログ記事があまりに人気を呼んでいるので、その続編を今日はお送りしたい。

その背景には、安倍現政権が、無理に制定に向けて論議進めている「秘密保護法」があることは想像に難くない。

今回は、辺見に対して、昨年5月に行われたロングインタビューを基に、「秘密保護法」に関連しそうな箇所を私見で抜粋したものをご紹介する。





辺見庸ロング・インタビュー「国策を問う――沖縄と東北の40年」
(沖縄タイムス 2012年5月10日、同11日)

<復帰40年・安保の実相 作家の辺見庸さんが迫る>
(インタビュアー・渡辺豪)

【本文見出し】
【前編】 「沖縄 いまなお『石』扱い」(2012年4月10日掲載)
Ⅰ.311――米軍支援の真意
Ⅱ.「トモダチ作戦」を美談化
Ⅲ.「国難」盾に押しつけ
Ⅳ.ファシズム醸す気運
Ⅴ.増幅する破局の予感
Ⅵ.激変に無自覚な社会

【後編】 「徹底的破滅から光」(2012年4月11日掲載)
Ⅰ.露出した差別の構造
Ⅱ痛みますます希薄に
Ⅲ.基地全廃いまこそ追求
Ⅳ. 虚妄に覆われた時代
Ⅴ.「肝苦りさ」闘いの原点





(4)ファシズム醸す気運




-辺見さんは著書で「なにかはかりがたいものは、上から高圧的に布かれているのでなく、むしろ下から醸されているようです」と指摘していますね。




辺見 ファシズムっていうのは必ずしも強権的に「上から」だけくるものではなくて、動態としてはマスメディアに煽られて下からもわき上かってくる。

政治権力とメディア、人心が相乗して、居丈高になっていく。個人、弱者、少数者、異議申し立て者を押しのけて、「国家」や「ニッポン」という幻想がとめどなく膨張してゆく。

〈尖閣をめぐり中国漁船の領海侵犯があった。中国側に反省はない。

東シナ海ガス田問題もある。北方領土もロシア側のやりたい放題だ。

3・11があった。政府は弱腰で、無為無策だ。北朝鮮のミサイル問題、核問題もある。日本は国際社会からなめられている〉――という集団的被害者意識のなかで、例えば、集団的自衛権の問題についてもう誰も論じない。

憲法9条なんてもうほとんど存在しないかのような流れになっている。


逆に、「なめられてたまるか」という勇ましい声が勢いづいてきている。

ミリタントな、なにやら好戦的な主張が、震災復興のスローガンとともに世の耳目をひき共感を集めたりしています。

尖閣を東京都が買う、という石原慎太郎知事の発言もそうでした。「政府にほえづらかかせてやる」という石原発言にマスコミは喜んでとびつきましたが、尖閣を買って、その先をどうするのか、じつは大した展望がない。

もともと衆議にはかっていない、いわば際物(きわもの)的構想であり、一昔前なら一笑に付されたものがいまは石垣市長が賛同したり、大阪維新の会府議団も支持表明したりと冗談ではすまない空気になっている。

勇ましい発言をすればするほど大衆受けする時代がすでに来た気がします。






ミリタントな気分を誰がたきつけているかというと、政治家だけでなく、戦前、戦中もそうだったけれど、マスメディアですよね。

マスメディアがさかんに笛を吹き、人びとが踊りを踊っている。テレビは視聴率がとれればいい、新聞も負けじと派手な見出しを立てて読ませていこうとする。もう一歩進んで冷静に考えてみるというのではない。それが事態をますます悪くしている。




大震災や原発事故のようなことが起きると、人間の情動は不安定になる。

そんなときにもてはやされるのが石原氏や大阪市長の橋下徹氏のような論調。好戦的な論調に溜飲を下げる者が増え、支持を得やすいわけです。

だからこそ新聞はそれにチェックを入れなきゃならないはずなんだけれども、その役割を果たしているとは思えない。

やっぱり何度も言うけれども、ルース大使が被災地に行ったことや「トモダチ作戦」の多面性についてちょっと距離を置いた、分析的な報道をしたっていうのはほとんどない。沖縄2紙が写真を使わなかったりしたのが冷淡だとネットで叩かれたりしている。それが気持ち悪いんだよね、はっきり言って。


しかし河北新報(東北地方のブロック紙)なんかは、沖縄の問題と東北の問題には同質性があるという独自の報道をしていますね。僕は「同質性」には大いに疑問があるけどね。だから必ずしも全部が全部じゃないんだけれども、でも全国紙はどこもほとんど同じように「トモダチ作戦」絶賛、絶賛だからね。これは異様ですよ。


これは関係がないようで関係あると思っているんだけれども、複数の在京メディア関係者から実際に聞いた話で、福島第1原発の事故のときに当初からメルトダウンが起きたことは分かっていたと。

でもメルトダウンという衝撃的な用語を使わせない空気が社内にあった。で、メルトダウンという言葉の使用をみんなで避けたと。それがしばらく続いた。

そのことともね、どこかで関係がある。自己規制と自己矛盾ですね。「トモダチ作戦」なんて、何年も記者生活をやっていたら、あれを米側がただのフレンドシップだけでやるわけがないことぐらい、そんなことは常識でしょう。

何らかの戦略的な目論みがあるはずだと取材し、分析し、報道するのが、ジャーナリズムの仕事の基本なんだけれども、それをしなかった。あれだけの窮状に遭って助けてもらっているのに、それにけちつけることはできないというセンチメントが優先されていった。

背景には、憲法9条と日米安保という本質的に矛盾する言語を、2つながら、無責任に肯定している、受けいれているという「スキゾ」というか分裂症的無意識がある。そのしわよせを沖縄が負わされつづけている。40周年に際して、本土の戦後民主主義はこの人格分裂について徹底的に自己分析すべきです。その結果、憲法9条と日米安保が、意外にも「二卵性双生児」だったということになっても、この際、議論を深めるべきです。


にしても、言うべきことを言わず、なすべきことをしていない。


期待された行為を行わないことによって成立する犯罪を「不作為犯」と言いますが、マスメディアもそうではないでしょうか。


それが全体として新しいファシズムにつながっていく。


今、この国には間違いなく、もう後戻りできないぐらいの勢いでおかしな気流がわいてきています


僕が驚いているのは、沖縄の市民に対する反発っていうのかな、反感みたいなものがほの見えること。彼らは東北の震災についてあまり考えずに自分たちのことだけ言っているといった、そういう発想が最近増えてきているような気がします。これはとんでもない間違いです。同時に、沖縄にも米軍基地反対が言いにくいといった自己規制の空気が生じていないかわたしは心配です。





(6)激変に無自覚な社会


-福島第1原発の事故検証も不十分な中、誰一人、責任をとろうとしないまま、政府は原発再稼働を画策しています。マスメディアの役割が機能していないともいえるのでしょうか。


辺見 資本とテクノロジーと人間の欲望とか弱さという近代の本質が、集中的に出ているのが原発の問題だと思います。

近代は長くそれを隠してきたのですが、3・11の衝撃でみんなむき出されてしまった。しかし、むきだされた近代の断面をまだわれわれはしっかり正視していない。立ち止まって整理できていないって思うわけです。福島というものが単に精神、情念といったものだけで語られるんじゃなく、どういうふうに深くとらえ直して見るのかが問われている。


僕は近代全体を通して大きな枠から見てみたいと考えています。原発の問題というのは消費資本主義ときってもきれない。だから今、秘やかに政府側が考えているのはエネルギーの供給態勢の中で原発は必要だっていう考え方ですよ。だから段階を踏みながら再稼働を考えている。僕はそれについて世論もゆっくりした速度だけれども、当初の再稼働反対から、分からない、ないしはやむを得ないみたいな議論がどんどん増えていって、それをマスメディアが後押ししているように感じています。実際、夏場に停電騒ぎにでもなると、ますますそうなっていくだろうなって僕は見ています。


近代の崩壊から新しい時代に移る過渡期にある今は、この先何が起きるか見えないと思っているんです。

だって現実に今、首都直下型地震が起きてもおかしくないわけだから。昨年の3月11日を起点にした情勢だけで、これからをはかることはできない。もっと3連続地震みたいなものを前提にしなければならないとしたら、原発とかの問題にとどまらない。一体、日本という国は人間が住むのに適しているのかどうかっていうところまで考え直さないといかんと。議論はそこまでいってもいいんじゃないかと思うんですね。女性の皇位継承問題が国家の大事なんてことを「本土」の新聞が書いてますが、それどころではないのです。


-マスメディアが抱える問題として「記憶の空洞化」があると思います。辺見さんは著書で「この国が長崎、広島というものを年中行事化したことで痛苦な記憶を空洞化してきた」とも指摘されています。8・6(広島平和記念日)や8・9(長崎原爆の日)を年中行事化したのと同様、沖縄の5・15(復帰記念日)や6・23(慰霊の日)そして3・11も主にメディアによって記号化されることで、「痛み」が空洞化していく懸念もあります。


辺見 忘却が一番恐いですね。


やっぱり執拗に物事を覚えておかなければいけない。それが必要だと思うんだけれども、どんどん忘れ去られていく。事実関係もゆがめられていく。それで「トモダチ作戦」なんかでみんな涙流して喜んでしまう。本当は毎日毎日がドラスティックに変化しているんだけれど、それが自覚できない。それが一番危険なことなんじゃないかな。


メディアの責任は大きいと思います。ただ、メディアの責任といった場合、どうしても僕らは人格的に考えがちだけど、集合的な意識であって、誰も責任をとろうとしない。結局、僕は個体に帰すると思うんです、「個」に。つまり、わたしはどう考えるか。どう振る舞うべきか。自分はどう思うのか、どうするのかと。


ワイマール憲法下のドイツがナチスの台頭を許し、世界最先端と言われた民主主義が世界で最悪の独裁者を育ててしまった経緯には現在でも学ぶべき点があります。





-沖縄密約事件を、辺見さんはどのように見てこられましたか。


辺見 密約情報を得た西山太吉さんは権力と権力の意を体した「言論テロリズム」に撃たれたのです。

あれ以降、ジャーナリズムは萎縮してしまい国家機密にかかわるスクープが政府の思惑どおりに激減した。

新聞は西山さんを守りきれなかった、というより守らなかった。

メディアっていうのは所詮そんなものだと言えば言える。でもその中でも、やっぱり西山さん的な「例外」というのが結局、歴史の暗部、真相を見せてくれたわけだから、権力の隠蔽工作に立ち向かう試みを棄ててはいけない。

国家権力とジャーナリズムは絶対に永遠に折り合えないものです。折り合ってはならない。


国家機密はスッパ抜くか隠されるか、スクープするか隠蔽されるか、です。記者の生命線はそこにある。いまは権力とメディアが握手するばかりじゃないですか。記者は徒党を組むな、例外をやれ、と僕は思う。ケチョンケチョンにやられるまで例外をやって、10年後、20年後にああ、あれはこんなに大きな意味があったのかと。というふうな取材をしたら、その段階ではくそみそに言われるよ。

会社からも余計なことするなって言われる。誰もかばいはしない。ますますそういう時代になってきている。でも今ぐらい特ダネが転がっている時代はないと思うよ。権力がいい気になって調子にのっており、わきが甘くなっているからね。


20代で初めて沖縄に行って教えてもらった最も印象深い言葉は「肝苦(ちむぐ)りさ」でした。いまでもあるでしょう? これ、本土にはない。言葉より前にその感覚が薄い。「断腸の思い」ではただの挨拶みたいで嘘臭い。

ギリシャ語には「スプランクニゾマイ(splanknizomai)」という言葉があるらしいですね。不思議ですね。「スプランクナ」(はらわた)を動詞にしたもので、「人の苦難を見たときに、こちらのはらわたも痛む、かき乱れる」という身体感覚です。


「肝苦りさ」――闘いの原点はここにしかない。


約3時間にわたるインタビューの結びとして、辺見さんに「沖縄の記者たちにひと言」とお願いし、こんな言葉をいただいた。


「常に例外的存在になれ、それが一番の贅沢なんじゃないか、記者という職能の一番の贅沢は、お前は一人しかいないってことだと思う。

それに記者は独りだよ、徹底的に。みんなとつるんで、上とも横ともみんなと仲良くやろうとしても無理。

考え方も独りで徹底すること。集団に隠れたらもう終わりだよ。集団に隠れないこと」。

私の本棚には、辺見さんの著作がたくさん並ぶ。その中で最も古い1冊を持参し、サインを請うた。


手元には「独考独航」の文字が残った。

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-これは私たちジャーナリストに対してだけ送られた言葉ではない。本当の民主主義に気づき始めたすべての市民に対する言葉だと思う。

3・11以降、何度も思うことがある。日本人は与えられた民主主義を、本物の自分のものにするための闘いが、始まったばかりだ、

全体主義、国家主義でしかなかった、戦前の日本に、本当に取り組む時期が今、始まった。

血で血を洗う闘いの後、勝ち取った欧州と異なり、戦後のアメリカから与えられた日本の民主主義は、やはり偽物だった。

しかし、ようやく、本物の民主主義を自分のものにするときがきたのだ。時代の逆風はその試練を試すためにあると私は思う。

ゆえに苦難が前にはだかる現在こそ、こぶしを高く突き上げることが必要になる。


諦めてはいけない。後退には、国家主義者たちのあざけ笑いしか残されていないのだから。




2013年11月25日月曜日

小笠原諸島の“新島”出現は、大地震の前触れ!?

小笠原諸島で出現した”新島”が、「大地震の前兆ではないか?」と注目を集めている。


新島は、11月20日16時20分頃、小笠原諸島で海底火山の噴火により出現した。島が現れたのは、東京から約1000Kmのところにある無人島・西之島の南南東500mほどのところで、直径約200mにわたる新たな陸地ができていた。


この新島の出現が、今後、どのような動きにつながっていくのか?地球規模の地震&火山活動に詳しい立命館大学歴史都市防災研究センターの高橋学教授に聞いた。

質問に対する、高橋教授は開口一番の言葉は


東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)はまだ継続中だと考えています」ーだった。


高橋教授は、先の東北の巨大地震から、今回の新島出現までに4つの段階に分けて、解説をする。


まず、その4つの段階とはー以下の通り。


1)太平洋プレートの圧力で北米プレートに割れ目が入り内陸直下型地震が発生する段階(岩手宮城内陸地震)


2)太平洋プレートの圧縮により、北米プレート内のマグマだまりから火山の噴火(今回なし)


3)前震および本震(2013年11月17日の南米・南極間のスコシアプレートでも前日には中規模地震が頻発)



4)アスぺリティ(固着域)の摩擦が少なくなることで太平洋プレートの移動速度が10cm/年が30~40cm/年に早まる


高橋教授は、このように、4つ段階に分けた上で、現在の状況を、4)にあたるとしている。


そして、その4)の段階で、日本列島で起きている現象についてー




a)太平洋プレートがちぎれる→アウターライズ型地震発生(何度か発生。津波も発生。現在進行中。2004年のスマトラ沖地震でも、本格的な同種の地震が2012年に発生)

b)太平洋プレートが一気に潜り込みマグマとなり火山噴出(日本ではまだ起きていないが、八甲田山富士山で兆候あり。M9レベルの地震で火山が爆発していないのは、東北地方太平洋沖地震だけ)

c)内陸直下型地震(千葉や福島第一原発の西側から仙台長町断層を経て北上川)。

d)太平洋プレートと動きの遅い4cm/年のフィリピン海プレートの境界でストレス(富士山・箱根、伊豆小笠原諸島「西ノ島噴火」)


つまり、小笠原諸島の“新島”の誕生は、このd)の現象を指していて、最初の言葉通り、


東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)はまだ継続中だと考えています」

これに帰結するわけだ。


そして、高橋教授がこの理論からすると、気になることが残されているという。


それは、富士山などの火山噴火と、太平洋プレートの影響を受けた南海地震(フィリピン海プレート)と、首都直下など関東圏を直撃する大地震だ。


2つの地震の発生は、先の4つの段階のさらに、次の段階となるが、富士山の火山の噴火は起こってもおかしくない段階に入っているが・・・・


その問いに応えるように、歴史地震にも詳しい木村政昭・琉球大学名誉教授が、最近の雑誌のインタビューで、その解のヒントを与えてくれている。


「たとえば、1707年の宝永地震(M8.4)という3連動型南海トラフ地震が発生した49日後に、富士山が有史後、最大級の被害を及ぼした宝永噴火を起こした」


「しかし現実には、それよりも普遍性を持ち、しかも圧倒的に事例が多いのが大地震に先立つ噴火の例である」


木村名誉教授は力説している。


つまり、「大地震→噴火」よりも、「噴火→大地震」というパターンの方が絶対的に多いというのだ。

いずれにしろ、私たちには、次の火山噴火や大地震発生までに、あまり時間は残されていないようだ。




2013年11月18日月曜日

4号機燃料取り出し始まる。まだ、東電、政府は国民をだまし続けるのか?

東京電力はきょうから、福島第1原子力発電所4号機の使用済み核燃料プールから、燃料を取り出すを始めた。


午後にも燃料をクレーンでつり上げる作業を開始する見通しで、本格的な取り出しは事故後初めて。来年末までかけて全ての燃料を移送する予定だ。




この作業の危険性については、これまで何度も、このブログで取り上げてきた(「君は逃げる準備ができたか?いよいよ始まる核燃料の取り出し」http://eggman-warlrus.blogspot.jp/2013/11/blog-post_9.html「これがハルマゲドン?人類滅亡か!~4号機の燃料取り出し作業」http://eggman-warlrus.blogspot.jp/2013/10/4.html>など参照)。


本当に神に祈るしかない状況だが、この作業を前に“どえらいニュース”が飛び込んできた。


それは「実は、震災前から1号機の燃料棒70本が破損していた!」というニュースだ。先週末土曜日に報道されたために(発表のタイミングは故意にも感じるが・・・)、あまり注目されていないが、これは超ド級のニュースだ。


4号機の燃料棒の取り出し作業が始まる18日(月)を前に、さらっと週末(15日)にさりげなく流すあたりが、「さすが、東電さん」(皮肉ですよ!)
という感じもするが、けして見逃してはいけない。


これは、1号機のプールの中に保管されている使用済み燃料292体約4分の1にもあたり、これほどの問題について、これまで東電も国も、事実関係が明らかにしてこなかった!




何よりも問題なのは、損傷した燃料棒をプールから取り出す技術はまったく、確立していない。つまり、現段階の技術では、壊れた燃料棒は取り出せないのだ。


そして、ご存知のない方のために、この問題は1号機だけのことではないことを説明しておくと・・・





損傷した燃料棒はこの1号機ほかに、


2号機と4号機のプールにそれぞれ3体、3号機プールにも4体あり、いまわかっているだけで合わせて80体もあるのだ。



損傷した燃料が1号機に集中している理由について、東電は「国への報告は随時してきた。1号機は当社で最も古い原発で、燃料棒の製造時、品質管理に問題があり粗悪品が多かったと聞いている。2号機以降は燃料棒の改良が進み、品質は改善した」としれっと、説明している。


こんな情報は、とっくの昔にわかっているはずのなのに、今頃、公表してくるとは、もう開いた口がふさがらないどころから、はずれそうそうだ。



どこまで、国民を愚弄すれば、いいのだろうか?この分だと、まだまだ、隠していることが山ほどありそうだ。


事故以来、「東電&国」と、「国民」との間を結ぶものは、「信用」の文字しかない


今回の4号機プールからの、燃料棒取り出し作業でも、我々「国民」が生き延びるには、国そして東電を信用する」しかない





もし、クレーンで吊り上げ作業中、ラックが落下したり、プールが崩壊するような大事態になれば、すぐさま、情報を国民に伝えてもらわなければ、えらいことになる


今度は、3・11後のSPEEDIの情報のように、国民にながす機会を逃すような事態になれば、もう本当に我々は、いまの政府(国)を信じることができなくなる


今回の4号機の燃料棒の取り出し作業は、いろんな意味で、この国の今後を占う最後の試金石となるかもしれない。

2013年11月9日土曜日

君は逃げる準備ができたか?いよいよ始まる核燃料の取り出し。

このブログでも何度にもわたって、警告してきた福島原発4号機の使用済み核燃料の取り出し作業が今月中旬にも始まることになった。


東電の小野明第1原発所長は「事故が発生する可能性はほとんどないと信じる」と自信をみせるが、なぜか空元気だけにしかみえない。
当たり前だ。事故で破損した不安定な原発でのこんな危険な作業は人類史上初めての試みだからだ。日本人のほとんどは、まだ、その危険性に気づいていないが、まさにロシアンルーレットと同じで、一歩間違えれば、日本人、いや全人類の生命を脅かす可能性がある作業だからだ。


とても、素面(しらふ)では、日常を過ごすことは、私ならばできない。アベノミクスで「我が世の春」と浮かれている東京の人たちは、本当に正気でいれるのだろうか?


もし、使用済み核燃料が、一本でも、落下するようなことになれば、今度は東京を含む関東一円にも影響がでることはお知りだろうか?


作業が始まると同時に、避難する準備をしてもしかるべき事態なのは、ご存知ではないのだろか?


日本のマスメディアは、その危険性にあまり触れようとしていないが、世界のメディアや専門家は、本当に固唾をのんで、作業の推移をみつめている。


アメリカのモニツエネルギー長官は、わざわざ作業前の福島第一原発の現場まで訪れ、東電の担当者らから作業などについて、事情聴取し、詳細な指導を行ったとされる。





会見で、モニツ長官は「東京電力や日本政府にとり、廃炉に向けた重要な節目になる」と、平静を装ったコメントを示したものの、本心では心配でしようがないのだ。


もう一度、危険性をお分かりでない人のために説明を付け加えておく。


東日本大震災で、福島原発の1~3号機でメルトダウンを起こした。4号機はメルトダウンしなかったが、水素爆発で建屋がぶっ飛び、その上部にある燃料プールに、1533体もの使用済みの核燃料(燃料棒)が残された。


建屋が倒壊する恐れがあり、その取り出しは急務で、今回の作業となるのだが、プールの上に急造されたクレーンで燃料棒を取り出し、約50メートルの距離にある共用プールに移すという工程には、いくつもの危険が待ち受けている。


作業には熟練の技術が必要な上、燃料棒を数十体ずつキャスクという金属容器に詰める作業はすべて水中での操作。燃料棒を少しでも水から露出させたら、作業員は深刻な被曝を強いられる。水中で落下させても、同じく汚染は深刻なものとなり、作業員全員が退避しなければならない。


さらに無事にキャスクに詰め、専用トレーラーに載せて共用プールまで移動に成功させたとしても、次はまったく逆の工程で、燃料棒をプールに収めなければならない。しかもこんな作業を4号機だけでも2014年末まで、約1年間も延々と続けなければならないのだ。


もし、作業中に地震などで、キャスクが地上に落下するようなことにでもなれば、中の燃料が露出し、大量の放射性物質が放出され、作業員はもう近づけなくなる。ご存知ないかも知れないが、むき出しになった燃料は、「人間が近づけば即死」というすさまじい放射線量だ。


そして、崩壊熱を帯びた燃料棒は、溶融するハメとなり、燃料棒の回収はまったく困難になってしまう。


では、こうなると、どうなるか・・・


1533体もの燃料がむき出しになった場合、放出される放射性物質はチェルノブイリ事故の約10倍ともいわれる。「東日本に人が住めなくなる」といわれる最悪の事態だ。もちろん東京にも人は住めない。


では、「こんな危険な作業をやらなければいいではないか?」という声もあるかもしれないが、そうはいかない。


4号機は3・11の地震で、建て屋自体がすでに、がたがたで、いつ倒壊してもおかしくないのだ。つまり、この状態でほっとおいても、次の大地震や津波など(台風ですら)で、同じく、燃料棒が落下すれば、同じく大量の放射線を放出する運命にあるのだ。


つまり、この作業は「退くに退けない」避けることのできない作業なのだ。


「アンダーコントロール」。そんなことがいえる状況ではないことがお分かりか?本当にいまは、神に祈るしか、道は残されていない。









2013年11月1日金曜日

「憤れ!」~原発、秘密保護法・・反対する人たちに捧げる

この一週間、秘密保護法案について、あれこれ考えた。


多くのほかの知識人と同様に、あれこれ詳細に、いかにこの法案がおろかな内容で、今後の日本に悪弊をもたらすものかを示す、文章を何本か草稿したが、悩んだあげく、発表することをあきらめた(私以上にすばらしいものを発表されている方が多いため)。


代わりに、そうした日本の動きに反対し、心配する人たちに、本日はある本を紹介することで、私の気持ちを伝えることにした。



それがこの本だ。





ステファヌ・エセル著の「憤れ!」だ(邦題「怒れ!憤れ!」日経BP者)。




作者のエセル氏はご存知の方も多いと思うが、世界人権宣言の起草に携わった一人だ。




その経歴はきわめてユニークでここで特記しておきたい。



エセル氏は1917年、ドイツ系ユダヤ人で作家の父と画家の母の子としてベルリンで生れ、1924年に一家でパリに移住。


フランスに帰化後、1941年にロンドンの「自由フランス亡命政府」に加わり、1944年にドイツ占領下のパリに潜入して諜報活動に行った。


しかしナチスの秘密警察「ゲシュタポ」に密告されて囚われの身となり、パリが解放される寸前の8月8日、ドイツの強制収容所に移送されて絞首刑を判決を受ける。


その執行の前夜、収容所内で死んだ別の囚人に成りすまし、別の収容所に移り、脱走に成功。戦後は国連世界人権宣言の起草に携わり、その後もフランスの外交官として活躍した。


そして、この本「憤れ!」は、そんなエセル氏が93歳になった2010年秋に、若者に向けて書いたメッセージ本だ。


本というか、実際はわずか14ページの小冊子で、出版以来、フランスで200万部を超えるベストセラーになり、日本を含む世界の数十カ国で翻訳されている。


内容は、世界で不正義が横行しているなか、無関心でいる人々に対して、ナチに逮捕されて処刑される寸前に脱出した自らの若き日々を振り返りつつ、「世の不正義に目をつぶるな。行動を起こせ!」と訴えたものだ。


こうしたメッセージに感化された若者が、アメリカではあの「ウォール街を占領せよ」デモを起こし、債務問題で揺れるイタリアやスペインなど欧州での一大デモムーブメントとなった。





まさに、この思想が、原発問題や秘密保護法問題で揺れるいまの日本には本当に必要ではないだろうか?


だまっていてはいけない。見過ごしてはいけないのだ。・・・いまの日本では「怒らないこと」がなぜか推奨されているが・・・・


エヌス氏は本のハイライト部分として、特に「無関心は最悪の態度である」(第4章)を強くアピールしている。


「『私にできることは何もなく、何とかやっていける』というような考え方は、人間として根本的な特質である“憤り”を失わせるだろう。我々の抗議する力は、関わりを持つ自由と同様に、なくてならないものなのだ」



しかし、勘違いしないてでほしい。


エセル氏は、暴力で訴えろとはけしていってはいない。あくまで「非暴力」なのだ。


「暴力は希望に背を向けるものであることを理解せねばならない。希望に満ちていることと、非暴力への希望は、暴力より優先されねばならない。これは我々がたどることを学ばねばならない道程である」

そして、エセル氏は憤りへの呼びかけを次のように結んでいる。





「(ナチス崩壊後も)本当に脅威はまだ続いている。それゆえ、我々は平和的で毅然とした抵抗の呼びかけを続ける。


大量消費への誘惑、弱者の蔑視、文化の軽視、


歴史の健忘症<歴史的な過ちを繰り返すことを表すたとえ>、


容赦のない競争を強いる世界観を若者達に提供するマスメディアに対して」。




まさに、いまの日本の状況と同じだとは思わないか?

ぜひ、ご一読を!

2013年10月23日水曜日

日本人はだまされている!「IAEA」(国際原子力機関)は原発推進組織だ!

あまりにも、腹がたったのであらてめて、取り上げてみたいテーマがある。


何が私の癇に障ったかといえば、「IAEA」(国際原子力機関)のことだ。今月FUKU1に伴う除染作業の進捗状況確認ために来日していたメンバーたちの発言があまりに、耳に障るからだ。


ニュースの見出しのみならべてみよう。


1ミリシーベルトにこだわる必要なし 除染目標でIAEA団長


本県の食材安全性評価 IAEA団長 コメや水産物「高いレベルで確認」


福島の除染目標達成「必ずしも必要ない」 IAEA


IAEAが除染活動の問題指摘 被ばく線量の条件緩和も


IAEA調査団長「1ミリシーベルトにこだわらず」




・・・・・まるで、日本政府のご意向に応じるような、発言ばかりなのがご理解できると思う。


ひとつひとつの内容についての点検は、各自にお任せするにして、このコラムでは、もう一度、IAEAなる国際組織がいかに、日本人に誤って認識されているか、今日はその「洗脳」を解いてみたい。


多くの日本人は誤解しているようだが・・・IAEAがなにか、原発の放射線漏れから市民を守る、「正義味方」のような組織に思われているが、けしてそのようなものではない。


そもそもの推進組織としての始まりは、その誕生にある。



IAEA(国際原子力機関)の発足は1957年。 アイゼンハワー大統領の"Atoms for Peace"(平和のための原子力)提案にもとづき、原発を普及することと、核物質が軍事目的に転用されるのを未然に防ぐ2つの目的のもと設けられた機関だ。


さらにその憲章をみれば、その意義が容易に理解できる。


IAEAの任務は、(1)原子力の研究、開発、実用化の促進のための情報交換と協力、とくに途上国への物資・役務の提供 (2)核物質の軍事転用阻止のための「保障措置」の適用 (3)健康の保護、人命に対する危険の最小化のための安全基準の設定と採用である。


言い換えれば、原発推進、放射線利用の促進、核拡散阻止のために査察の3分野だ。


核保有国が推進する組織として象徴する、おもしろい逸話がある。


IAEAは2005年のノーベル平和賞を受賞したが、実はそのとき、平和賞の本命は「日本被爆者団体協議会」(日本被団協)だった。





日本被団協は当時、ノーベル賞の国際平和ビューローの推薦を受けていて、最有力候補といわれていたが、IAEAがそれを押しのけて受賞したことはあまり知られていない。


日本被団協はアメリカの原爆投下や核保有国の核実験を容認しない団体だったので、アメリカにとっては煙たい存在だった。


そのため、原発推進を進める核保有国の政治的意図が働き、日本被団協は平和賞を受賞できなかったのだ。


さらに原発推進組織を示す証拠が、FUKU1事故後にも現れる。


事故から1年が経とうとしていた2012年1月。当時、日本政府は、国内の原発の再稼動に向けて、大きく舵を切ろうとしていた時期で、その条件に出されたのが、「ストレステスト」(耐性評価)だった。






なんども、マスメディアでも取り上げられたので、聞き覚えの方も多いと思うが、この「ストレステスト」の審査を通ることが、原発再稼動への鍵となるステップだった。


その際も、IAEAの調査団が来日し大きな役割を果たした。


驚くことに、10人だけの調査団は、滞在期間、1週間という短さの中、日本のストレステストについて「IAEAの安全基準にも、国際的な安全基準にも準拠していると確認した」と発表し、国際的にも「安心」のイメージを植えつけていった。


そして、彼らは今回はいったい、何をしにきたのか?




実は「除染目標値については、必ずしも年間1ミリシーベルトでなくてもいい」などというトンでもないことを言い出しているのだ。


誤解を恐れずにいえば、福島県や政府が、年間5~20ミリシーベルトという高線量の地域への帰村・定住を促すことを、後押ししたいのだ。


住民の被曝などまったく、考えてはいない。


彼らに大切なのは、人命よりも、一日も早い、原発の再稼動と、原発のさらなる世界的普及だ。それには福島の被曝地の存在が「邪魔」な存在となる。


これは旧ソ連のチェルノブイリ事故のときと同じだ。


あのときも、国連機関であるIAEAとWHOによる共謀?で、原発事故による健康被害をゼロと称する「安全神話」をつくりあげた。


IAEAなる国際機関がいかがなものか、ご理解いただけただろうか?

2013年10月16日水曜日

これがハルマゲドン?人類滅亡か!~4号機の燃料取り出し作業

11月中ごろにも始まるとされる福島第1原発4号機の使用済み核燃料の取り出し作業。大手マスコミでは、いつもの「大本営発表」を受けての相変わらずのん気な報道ぶりだが、日本全国、いや人類の危機といっても過言ではない状況が迫っていることをリポートする。


4号機の使用済み核燃料といえば、3・11のFUKU1事故後、アメリカを筆頭に世界の専門家から、その危険性を指摘され、何度にもわたり、日本政府にその措置について勧告がなされてきた代物だ。


その理由は簡単だ。原子炉の本体のメルトダウンの危険ももちろんのことだが、4号機のプールには、広島型原爆1万4千発分の放射能が入った約1500本の使用済み核燃料が眠っているからだ。


東電はこうした声に押される形で、いよいよこれらの使用済み核燃料の取り出しを始めることを決めたのだが、安全にその業務が遂行できる保証があって、けしてやり始めるわけではない。


まずは、発表されているこの11月からの東電の作業工程をみてみよう。






・11月中旬から始める作業を前に、使用済み燃料プールに隣接する圧力プールや圧力容器周辺に落下したがれきの撤去。

・10月中に、プール内で保管されていた制御棒などを圧力容器内の新設ラックに移し、燃料ラックの上のがれきなどを撤去しながら、燃料を専用の輸送容器(ドライ・キャスク)に入れて別棟の共用プールに移送。


・実際の燃料取り出し作業は、今年11月中旬から来年末まで完了予定。






まずはこれらの一連の取り出し作業について、京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏のコメント。




「4号機のプールには、広島に投下された原爆1万4千発分の放射能が眠っています。東電は、今年の11月から、使用済み燃料をプールからクレーンで吊り出す作業を始めます。

しかし、使用済み燃料の回りには瓦礫が転がっていますし、燃料自体が破損しているかもしれません。約1500本の燃料を一つひとつキャスクに入れて移動させるのです。大変困難な作業になります。

さらに、4号機の取り出し作業が終わっても、1号機、2号機、3号機で同じことをしなければなりません。しかし、その具体的な工程を、国も東京電力も示すことができていません」




次は、科学ジャーナリストで元国会事故調査委員の田中三彦氏



「規制委員会の田中委員長の『取り出し作業は通常の作業と同じ』というのが引っかかる。
彼が言っている『通常』とは、燃料集合体を取り出して乾式キャスクに入れて共用プールに入れる、ということだけ。

今回は、前代未聞の大量の燃料棒を移し替える作業だし、毎日作業をやっていくうちに巨大地震が起きるかもしれない。


『東電は、建屋本体を切り離した』と言うが、巨大地震では建屋の残りの本体そのものがダメになるかもしれない。
また、プールの中には瓦礫が落ちていて、それをどける作業で、燃料を損傷したり、燃料同士が接触してしまう事故が起こる可能性もある。


そういったことを想定すると、田中俊一委員長の『通常と同じ』というのは、いったいどこが?と思う」



アメリカの原子力技術者アーニー・ガンダーセン氏



・4号機の燃料プールの水が地震で抜け、燃料棒がむき出しになると、1535本の燃料棒に火がつく。このことはアメリカで、すでに実験によって確認されている。


・その火がついたときの破壊力は、核兵器程度ではすまない。東北、関東圏は壊滅し、放射能で人がいなくなれば、福島第一原発の1、2、3、5、6号機も管理不能となり 核の暴走が勃発する。

・燃料棒に一度火がつくと、燃料棒を包むジルコニウムが水を分解し、そのときに生じる酸素で発火が起こり、水素爆発に至る危険がある。したがって、消火に水を使用することは許されない。



そして、もし、取り出し作業が失敗し、プールでの冷却がストップしたり、燃料棒が空気中に放り出されたりするようなことにでもなれば、はたして何が、起きるのか?



反骨の外交官と知られ、脱原発の志を貫いてきた村田光平氏(元駐スイス大使)





現在、4号機のプールにある1535本の核燃料棒はかろうじて冷却されていますが、もし4号機が倒壊すれば、冷やす術はありません。そうなると、最悪の事態---核燃料棒が溶け、メルトダウンが起き、膨大な放射性物質が撒き散らされるという、いまだ人類が経験したことがない悲劇が起こります。


そうなれば、これまで放出された分の数倍、数十倍の放射性物質が拡散し、福島第一原発の一帯には誰も近寄ることができなくなります。すべての人員が原発から撤退しなければならなくなるのは言うまでもありません。その結果、4号機のみならず、1号機から6号機までの事故後処置も難しくなり、全機がメルトダウンを起こす可能性もあります。


今、4号機も含めて、福島第一原発に残されている核燃料棒の総数は1万4225本にのぼります。米国の核科学者ロバート・アルバレス氏によれば、チェルノブイリの85倍のセシウム137が福島第一原発に存在するそうです。4号機に限っても、セシウム137の量はチェルノブイリの10倍になる。



したがって4号機の崩壊は、日本のみならず、世界的な広範囲の汚染を招くでしょう。「究極の破局に繋がることは確実」と多くの科学者は見ています。



さあ、いかがかな?


あなたは来月から始まる核燃料の取り出し作業を、あの東電に気楽に委ねることができるだろうか?


そしてあなた自身の命も・・・。

2013年10月8日火曜日

「現役官僚の告発」「元作業員が被曝で労災」~原発徒然草

最近、目にした原発関連のニュースの中で興味を持ったものを”つれづれ”に書きとめてみた。

そのひとつ<原発徒然草①>


最近の話題の小説「原発ホワイトアウト」(講談社刊)で、小説のかたちで日本が抱える原発問題の核心を抉った、「告発ノベル」だ。


著者は「若杉冽」というペンネームをつかい、「霞が関の省庁に勤務する現役キャリア官僚」という以外は、素性をいっさい明かしていない。


本当に、現役キャリア官僚が書いたものなのか、宣伝のためにこうした表現を使ったかは知らないが、小説の内容はなかなか、現実に即した内容となっている。


その詳細については、本を読んでいただくことにして、”キャリア官僚”が週刊現代のインタビューに興味ある発言をしていることを取り上げてみたい<http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37184>。


それは、原発の安全性について。


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・・・多くの国民は、福島で事故が起きたとはいえ、それでも日本の原発は海外の原発に比べればはるかに安全だと思っているはずです。


ところが日本の原発は、老朽化が問題になっているうえ、最新型でもヨーロッパ製のものより安全性が劣っています。ヨーロッパの加圧水型炉は、二重の原子炉格納容器の底に、溶けた核燃料を受け止める「コアキャッチャー」が組み込まれ、万が一メルトダウンを起こした際には核燃料がコアキャッチャーを通して冷却プールへと導かれるようになっている。


日本の原発には、このような仕組みはありません。IAEA(国際原子力機関)が策定している国際的な安全基準自体が、日本から出向している職員によって骨抜きにされています。近年ではヨーロッパ型の炉を採用している中国の原発のほうが、日本の原発よりも安全性が高いでしょう。こう言うとみなさん驚きますが、紛れもない事実です。


日本の原発がコアキャッチャーなどの安全装置を付けないのは、特許絡みで海外のメーカーに高額なライセンス料を払わねばならないためです。このことには原子力ムラの人間はもちろん、国産原発メーカーの日立、東芝、三菱重工も絶対に触れませんし、メディアも報じません。こういうことを誰も言わないのはおかしいと思いませんか・・・

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コアキャッチャーについては、これまでも、一部の専門家らの間では、指摘されていた日本の原発の致命的欠陥のひとつで、もし、彼が本当にキャリアならば、メーカーだけではなく、官僚組織も含む、原発ムラの「構造的病巣」を示す証拠といえる。




<原発徒然草②>

次は、全国ニュースではほとんど取り上げられなかったが、絶対に注目すべきニュース。

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「福島第1原発で4カ月 がん『被ばくが原因』 札幌の55歳男性が労災申請」
<北海道新聞10月6日朝刊掲載>


 東京電力福島第1原発事故後の2011年7月から10月まで同原発で作業し、その後膀胱(ぼうこう)がんなど三つのがんを併発した札幌市在住の男性(55)が、発がんは作業中の放射線被ばくが原因だとして労災の申請をしていたことが5日分かった。原発事故後、被ばくを理由に労災を申請した人はこの男性を含めて全国で4人。いずれも審査中で、労災が認定された例はまだない。

 男性は重機オペレーターとして同原発の原子炉建屋周辺でがれきの撤去作業などに従事した。被ばく線量が4カ月間だけで原発作業員の通常の年間法定限度である50ミリシーベルトを超えたため、同年10月末で現場を離れた。

 12年5月に膀胱がんが見つかり、札幌で手術。今年3月には大腸がんと胃がんも見つかった。現在も通院しながら抗がん剤治療を続けている。転移でなく、それぞれの臓器で独立して発病していた。
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注目すべきなのは、4カ月間だけで被ばく線量50ミリシーべルトを超え、転移ではなく、大腸と胃の別々の臓器にがんがを発症したことだ。


原発事故の放射線被曝による人体への被害を、これまで一貫して否定してきた国や東電の主張を完全にくつがえす実例といっていい。


FUKU1敷地内で働く作業員はもとより、避難に遅れた近隣住民、そして「SPEEDI」の情報を知らされず、放射能被害をもろ受けてしまった市民らにとっても、けして他人事ではない話だ。


もしかすると、私たちが想像する以上に早いペースで、放射能による人体への被害が露見し始めているのかもしれない。


そうなれば、本当に次々に<不都合な現実>が現れ、今後の日本の行く手をさえぎることになるだろう。


東京オリンピックの開催をはじめ、福島への住民の帰還、そしてなによりも、FUKU1の現場での収束作業も、中止せざるえなくなるかもしれない。


「つれづれに」考えるには、あまりにも深刻な状況だ。

2013年10月2日水曜日

注目集まる小泉元首相の「原発ゼロ」宣言!どう考えるべきか?

政界引退後もなにかと、その言動に注目が集まる小泉純一郎・元首相。ここ最近では、なんと自民党のこれまでの原発推進政策を批判して、脱原発への政策転換を訴えている。


こうした発言をどのようにとらえるべきか?


結論から、いおう。


私は大いに「支持」すべきだと思う。


いろんな声があることをももちろん知っている。自民党の領袖の一人であるだけに、「信用がおけない」。「なにか利用されるのでは?」。「息子の後押しのため?」・・・などなど。


それでも、私は支持すべきだと思う。今は政治家の素養や、性質などを考えている時期ではない。


それについては、強烈に脱原発を打ち出している山本太郎氏についても同じだ。彼に隠し子騒動や離婚問題などがあろうとなかろうと、関係ない。


「脱原発」のひとことを明確にアピールしていることが、いまとても大事なのだ。


なにゆえか?


もう私たちには時間がないからだ。


ここにいたっても、現・安倍政権は原発再稼動の方針を貫こうととしている。やっと、全国の原発の稼動が止まり、炉が冷えようとしているチャンスにだ。


今一度、炉に灯をともす再稼動を行えば、廃炉などを作業をスタートさせるには、少なくと2年間の時間がまた、必要になる。


その間に、どんどん、核のゴミは作られ続け、その引き受けてのないまま、宙に浮いた状態が続く。


FUKU1同様、地震や津波などに被害を受ける危険性を、他の原発もさらに抱え込むことになる。


ご存知のように放射性廃棄物(核のゴミ)はまったく、処分できない代物だ。その最終処分場の候補地すら、日本政府はいまだに示すことさえできていない。


今年6月、放射性核廃棄物のドイツの最終処分場を取材してきた作家の広瀬隆氏は、処理できない現実をつきつけられ、ショックのまま帰国した。




広瀬氏は当初、日本の核廃棄物の将来を託し、ドイツの最終処理施設の取材に出向いたのだが、無情な現実にひれ伏すしかなかったという。


「アッセ」という処分場では、1000メートルの地下に核廃棄物の貯蔵がすでに行われていて、その光景をみた、広瀬氏は絶句した。


核廃棄物はドラム缶に入れられ貯蔵されるのだが、整然と並べられているはずのドラム缶が投げ込まれる形で廃棄され、「ゴミ山」になっていた。


日本人よりも、環境問題に関心が高いと見られているドイツ人でさえも、核廃棄物を丁寧にあつかうことがなかった(まして日本人では・・・)。


さらに悪いことには、そこに地下水が漏れ出し、核のゴミに迫ろうとしていた。いまのFUKU1の地下のように・・・・


この処分場は、地下水がないという見込みで1000メートル地下の岩塩層につくられたのだが、現実はその予想を簡単に裏切られた形だ。


これを見た広瀬氏は、日本のような地下水が豊富なところでは、「地下貯蔵なんぞはまったく無理だ」という結論に達したというわけだ。




初めの小泉元首相の話に戻るが、「再稼動をする」など、もう夢物語を語っている場合ではないことがおわかりだと思う。


それゆえに、いまや政治家のイデオロギーや、品格、嗜好など、悠長なことをつべこべいっていられない。私たちには時間がないのだ!


とにもかくにも、まずは再稼動を押しとめ、廃炉への道を開く。もし、それが決まったとしても、実際に廃炉作業が動きだすのは炉が冷え、放射能の危険性が下がる30年以上先のことになる。


一日も早い廃炉への決断と、もうこれ以上、核廃棄物を増やさない決意がいま、政治家と国民すべてに求められている。








2013年9月27日金曜日

泉田新潟県知事の申請容認は裏切りOR戦略?

心配していたことが、起こった。


新潟県の泉田裕彦知事がきのう、柏崎刈羽原発6、7号機をめぐり東電が原子力規制委員会に提出する安全審査申請を条件付きで容認した。


かねてから、東電の申請要請を何度もはねつけてきた泉田知事だっただけに、脱原発派からは、ため息が漏れた。


私も泉田知事が刈羽崎原発の再稼動に反対を示し始めた当初から、やや疑いの気持ちを抱きながらも、エールを送ってきた。


というのも・・・

自らも経産省の官僚出身という立場ながら、「再稼動」反対を示す知事の姿勢は、安倍政権誕生以来、産官学共同で、また原発再稼動を進めようとする国勢のなか、なかなか『痛快』な存在感だった。


が、応援する立場としてはいつも不安だった。


いつか来た道ではないが、「原発反対」を掲げ、勢いを得ていた以前の橋下徹・大阪市長のように、泉田知事も「いつかはその姿勢を変えてしまうのではないか」と、心配でならなかったからだ。





そして、昨日、その不安が的中した。


原発再稼動に同じく反対の立場を示すジャーナリスト・田中龍作氏は、昨日のブログ(http://tanakaryusaku.jp/2013/09/0007943)で、早速、この問題を取り上げ、その背景に、国策捜査をしようとする地検特捜部の影を指摘している。


田中氏は、その中で、『サンデー毎日』(10月6日号)の記事を取り上げ、検察庁が泉田知事をターゲットにしたことを明らかにしている。


記事では、地検特捜部関係者の以下のようなコメントを載せている。


「地検上層部からの指示で泉田知事を徹底的に洗っています。立件できれば御の字だが、できなくても何らかの圧力を感じさせることで、原発再稼働に軌道修正させる助けになりたい考えではないか」。


もし、泉田知事が、地検特捜部の捜査を恐れて、今回の決定となったのなら、彼は、そのレベルの政治家だったのであろうし、今までの原発再稼動反対の姿勢も、人気取りのパフォーマンスだったのだろう。


応援していた反対派の市民もあきらめざるえないはずだ。なぜなら、これからの、脱原発への道は、これまでの政治家では経験したこたがないような、つらい棘(いばら)の道だからだ。


よほどの精神力がなければ、その道を乗り切れないからだ。その程度の政治家では、毛頭無理だ。



しかし、私は、泉田知事に、まだ、期待している。


今、国はまっしぐらに原発再稼動への道をつき進んでいる。東電も、この柏崎刈羽原発が動かなければ、もう後に引けない「断崖絶壁」にいる状況だ。


つまり、原発推進派にとっても、いまが勝負どころで、必死になって、あらゆる手段(検察や交付金、地元経済界、県議会など)を使って、その敵(=泉田知事)の攻撃を行っている最中なのだ。


正面衝突では、負けるに決まっている。


そこで、私は「泉田知事が今回は一度、この勝負から、身をひいた」と考えたいのだ。


ひとつの戦略だ。「負けて勝つ」の戦法だ。


泉田知事は今回、条件つきで、申請を認めた。


それを決める事前の会談で、知事は、東電の広瀬社長との間で、「(規制委の)新規制基準をクリアしただけでは、住民の安全を確保できず、自治体との協議が必要という点も共通認識になった」ことを明らかにしている。


つまり、新潟県が関与する余地を東電に認めさせ、原発再稼働問題で、今後も県側の発言権を確保したとみれば、泉田知事の遠謀深慮が推察される。


ただし、この辺のことは、あくまでも私の希望的推測なので、泉田知事の本心はわからない。


しかし、政治や政治家をどうハンドリングできるかも、未来に責任ある私たち市民の義務だ。


希望を捨てず、今後の泉田知事の一挙手一投足に、ガンガン発言し行動していくべきだ。