2013年4月30日火曜日

日本人の考え方・・・放射性廃棄物をめぐって

放射性廃棄物の最終処分場をめぐって、また、世間が騒がしくなってきている。


鹿児島県・南大隅町の森田俊彦町長が、2009年、東京電力の勝俣恒久会長(当時)に近いとされる男性に、原子力関連施設の町への誘致を一任するとした委任状に署名し、渡していたとされるニュースのことだ。


事の詳細については、新聞などの報道に任せるとして、「日本人論」の観点から、私はこの問題を取り上げてみたい。


このニュースの要諦は、東電や政権(当時の民主党幹部)から依頼された大隅町の町長が、放射性廃棄物の最終処分場の誘致を認めるを委任状を出していたことだ(誤解を生んではいけないので、述べておくが、この件に関しては、別に民主党に限ったことではなくて、自民党もそれ以前に同様な働きかけをしている)。大隅町という日本の南端の小さな村に、東京都民の電力のためにできた「核のゴミ」を引き取ってもろうという試みだ。


放射性廃棄物の最終処分場めぐっては、2002年、原子力発電環境整備機構(NUMO:ニューモ)が、全国の市町村に候補地の公募を開始。対象自治体には、処分場用地としての適合性の文献調査の段階から、年10億円の交付金が出ることになっているが、いまだに決まっていない。


決まっていない理由は、いたって簡単で、誰もこんな危険なものを引き受けたがらないからだ。しかも、名前のあがる候補地はすべて今回同様、、みんな電力の消費地からははるか彼方の地だ。



日本人はとにかく、臭いものにはフタをして、隠そうとする。見えなければそれで、いいという風習があるが、「原発」だけは、そうはいかない。逃げることはできないからだ。


最終処分の方法は決まっている。


原発から出る「核のゴミ」の最終処分は法律で、ガラスと一緒に固めてステンレス製の容器に密封し、地下300メートル以上の地中に埋めることになる。しかし、放射能が危険レベル以下に下がるには10万年かかるとされる。


地中深くに埋めたからといって、けして安全ではない。火山もあれば、地震のある日本列島ではつねに不安定な存在になる。しかも、10万年も先にようやく安全になるという!。人類の歴史から考えると、そのころには人類自体が、存在していないかもしれいない未来の話だ!?


そんなものをいったい、だれが引き受けるというのだ。


原発は「トイレのないマンションだ」といいわれる。最終処分場がない現在、たとえれば日本というマンションの部屋が、糞尿を入れたバケツやボトルにどんどん、占領されていく状態なのだ。しかも、その糞尿は猛毒で、漏れ出ると住んでいる人は死ぬ。


なのにだ!まだ、政権与党そして、経済界は原発の再稼動を強く求めている。理由は、電力が足りないということだ。経済の成長のためにだ。稼動とともに、廃棄物は増え続ける現実は消えない。


もう、どんな理論を展開しようが、原発の理論の破綻はこれのみで十分説明がつく。


日本人は、とにかく、いやな事柄からは目を背けようとする。自分が見えなかったら、気付かなかったら、自分のところじゃなければ・・・「それでいい」。


最終処分場だけではない。もう、フクシマのこともみんな、忘れようとしている。


見ようとしないことは、すでに罪であり、最後は自分に身に災難が降りかかることになる。

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