2013年7月31日水曜日

原発推進が世界の潮流?・・・ふざけるんじゃない!

日本人だけがあまり知らされていない世界の原発の状況についてお教えしよう。


まずは本日付のロイター電。

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仏電力公社が米原発市場から撤退、シェールガス革命で

[パリ 30日 ロイター] - 世界最大の原子力発電事業者であるでフランス電力公社(EDF)は、米国の原子力発電市場から撤退する方針を示した。安価なシェールガスの登場で電力業界の状況が様変わりしていることが背景。

米国では、シェールガスによる発電コスト低下を受け、複数の原発が閉鎖、もしくは閉鎖予定となっている。

同社のアンリ・プログリオ最高経営責任者(CEO)は「米国の目覚しいガス価格低下は、数年前まで想像できなかった。これにより、他のすべてのエネルギー源に対する競争力が大幅に高まった」と述べた。

同社は、米国内で原発5基を運営する合弁会社コンステレーション・エナジー・ニュークリア・グループ(CENG)から撤退することで、提携先の米エクセロンと合意。2016年1月─2022年6月に適正価格でCENG株をエクセロンに売却する権利を確保した。

同CEOは「米国の原子力開発を取り巻く環境は現在好ましくない」と指摘。今後、米国では再生エネルギー事業に注力する方針を示した。


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上記の記事からお分かりのように、フランスの原発事業者が、「シェールガス」の出現で商売にならなくなったという理由で、“原発大国”のアメリカから、撤退するというニュースだ。


流して読むと、ふつうのニュースように聞こえるが、よく読んでほしい。


これはフランスがテーマではなくて、アメリカの話だということが大事な点だ。


CO2削減を掲げ、原発推進を掲げてきたアメリカ、つまりオバマ大統領は、日本人が知らないうちに、その政策を大きく転換し、国内の原発を廃炉にしていく方針に変えたというのだ。


思い出してほしい。福島の事故以後も、日本国内では、アメリカなどの主要原発保有国は、流れを変えずに、原発を推進しているかのように報道されてきた。


つい先日も、自民党の細田博之幹事長代行「世界の潮流は原発推進」だと胸をはってインタビューに応えていた。


ところがどっこい、その中心にいるアメリカはすでに原発推進の輪から「イチ抜けた」を宣言していたのだ。


アメリカの原発はどうなっているのか?


さかのぼれば、2008年の大統領選での、バラク・オバマ大統領の言葉。


「今後10年で1500億ドルをかけて、全米に十分いきわたるエネルギーを確保する。そのひとつが原子力で、核エネルギーを安全に利用していく」と原発推進を強調。


2010年1月の一般教書演説でもオバマ大統領「グリーンエネルギーの生産性と効率を向上させる。その一環として、安全なクリーンな新世代の原発を建設していく」と力説していた。


しかし、その後のシェールガスの登場で、事態は一変する。わずかここ数年のことだ!


そして、天然ガスや石炭の価格が下落する。さらに福島事故が後押しすることになり、一挙に議会をとともに「原発はペイしない」との結論に傾く。


今では104基あった原発は100基をきることになり、今後も40基を超える原発が20年以内に廃炉になることが決まっている。


つまり、アメリカ国民は、一度事故を起こせば、膨大な費用を要するうえ、安全対策にコストのかかる原発と、シェールガスを天秤にかけたところ、明らかに原発推進を放棄したのだ。


日本は原発離脱の流れから「置いてけぼり」をくらっただけではない。


さらにアメリカ人はずるがしこい。


原発を推進してきたゼネラル・エレクトリック(GE)を日本の日立に事業統合させたのだ。戦後、原発事業の核をなしてきた、GE社を本来ならばそう簡単に、日本に手渡すはずはない。


用済みとなった「原発企業」を日本に売り渡し、今後の責任をとらせようという魂胆だ。


そうした動きと呼応するかのように、アメリカ・カリフォルニア州では、運転停止中の原発の廃炉をめぐり、電力会社側が原発の建設にかかわった三菱重工に対して、138億円を上回る損害賠償請求を起こすというニュースが飛び込んできた。


放射性物質が漏れ出したために、この原発を停止していたのだが、原因となった機器
を製造した三菱重工に廃炉までの損害を求めた形だ。




つまり、停止した責任は日本の企業にあり、廃炉に関わる費用も一挙に日本の企業に押し付けようという腹積もりだ。いまや世界に原発を輸出しようとしている日本にとってはこれはケーススタディになる。


日本は一日も早く、代替エネルギーを見つけ出し、原発事業から抜け出さなければ、重い足かせを世界中の国々からはめられる結果となり、いずれアリ地獄のように逃れることができずに、国力を衰えさせてしまうことになる。

2013年7月30日火曜日

東京メトロや都営地下鉄が終電延長へ、将来は24時間運行!?

またまた、気にかかるニュースが入ってきた。


東京メトロや、都営地下鉄の終電時間の延長が決まったらしい。


日本経済新聞社の報道によると、国土交通省と東京都は東京メトロと都営地下鉄の路線の終電時間を2015年度にも延長する方向で検討。

新宿などの都心主要駅の終電時間を30分程度延長すれば、JRや私鉄など、他路線との乗り継ぎが改善され、現在行われているメトロと都営を乗り継ぐ際の運賃割引(70円)も、数十円単位で拡充する方針だそうだ。


猪瀬知事は、このニュースに先立ち、東京五輪招致に伴い、地下鉄の24時間運行の計画を発表していたが、まさに、その計画実現化への第一歩といえそうだ。


このニュースから、2つの問題提議をしたい。


ひとつは、電力不足が叫ばれる中、なぜ、省エネ化する動きと逆行するような、施策を行おうとするのか?


まだ、この人たちは、日本の右肩上がりの経済アップを夢見ているのだろうか?


原発事故で、私たちは多くを学んだはずだ。エネルギーを大量に消費する社会は、もう要らないと。拡大していく、とめどもない消費社会のために、原発という悪魔の道具を使ってしまった。そして、絶対にあってはならない事故を起こしてしまったのだ。


バブル期の日本のように、24時間アカアカと輝いた都市の不夜城をまだ、夢見ているのだろうか?




もうひとつは、最終時間の延長に伴う、都市労働者の労働強化の問題だ。


最終電車の時間が延びれば延びるほど、労働者の残業時間が延びる。経済状況がよくない時期だけに、タクシーでの帰宅はありえない。


都市の労働者にとって、最終電車の時間が、残業のストッパーとなってきたのだ。


もし、24時間の運行にでもなろうことなら、延々と残業が続く労働環境になるかもしれない。


なにしろ、ブラック企業と呼ばれる会社が、今では「いやなやつは辞めろ」と開きなる世の中だ。そうした企業で働く労働者にとって、24時間の運行がいい結果をうむとはとうてい思えない。




<3・11>で学んだこと。

右肩上がりの経済成長を追い求めないこと。

大量消費の社会を変えること。

自然を大切にすること。

人にもっと、やさしくなること。

家庭を大事にすること。

自分を大切にすること。

・・・


あの日のことを、ぜひ、みなさんにも、もう一度、思い出してほしい。




2013年7月26日金曜日

原発汚染水流出の発表の遅れは選挙対策!?

福島第一原発からの放射性汚染水の海洋流出の問題。発表の遅れが話題になっている。


東京電力が汚染水が原発の建屋の地下から海に漏れ出していることを認めたのは、今月22日。


この日はどんな日なのか・・・日本人ならば、誰ものがわかる参議院選挙翌日だ。


つまり、話題になっている理由はここにあるわけだ。


「東電は、原発推進を政策に掲げる自民党をかばい、選挙に影響のでない22日に発表した」


発表までの一連の経緯を見てみよう。


福島第一原発の観測井戸では、今年5月以降に、放射性物質の濃度が上がっていることが発覚した。


そして今月に入ると、それが何度か目立つようになり、新聞記事などで騒がれることなる。


これを受け、今月10日には、原子力規制委員会が「高濃度の汚染水が地中に漏れ出し、海に広がっていることが強く疑われる」と指摘。


しかし、東電は「データの蓄積がない」として、海洋への流出を認めなかった。


それから約2週間ばかりでの急な「認め」の発表となる。






今回の選挙では、自民党と野党との最大の争点のひとつが、原発問題だった。再稼動しようとする自民と、反原発や脱原発を主張するほかの野党とのへだたりは大きかった。


もし、選挙運動の最中に、東電が汚染水の流出を認めていたならば、影響は少なからずあったに違いない。


政府・自民党も、東電の発表を受けて「遺憾」批判しているが、あやしいものだ。


原発の事故処理同様、なにもかもをすべて、東電に責任を押し付けようとする政府・自民党の魂胆はみえみえだ。


元々、国内の原発をつくり、今の体制を進めてきたのは、自民党ではないか?


今回の選挙で、影響を受けないよう、東電に発表を遅らせたのは、政権与党の自民党にちがいない。


彼らはフクイチの事故でいったい、何を学んだのだろうか?


これでは、事故以前の原発ムラの構図が、再びよみがえっているだけではないか?


しかし、海洋汚染の問題は、国民をだまし、手なずけるだけではすまされない。





やがて、被害が外洋へと拡大すれば、外交問題となる。


外交などと政治問題だけならば、まだいいが、それは環境問題となり、人類すべての脅威となっていく。


なにしろ、まだフクイチの事故はまったく収束していない。メルトダウンした核燃料がどこに、どんな形で存在しているのかさえもわからずに、ただ、水を注入し冷やし続けているだけが現状なのだ。


汚染水は今後もさらに増え続け、海洋に漏れ出すしかない。フクイチはいまや、放射能を帯びた汚染水を作る、まさに「ミキサー」になっている。


もう、原発ムラの小手先ではごまかすことができないことがなぜ、理解できないのだろうか?


私たち日本人は必ず、大きなツケを払わされることになるだろう。

2013年7月25日木曜日

南海トラフ地震に新説 200―300年後、M9以下はホントか?

地震について、気になる記事を目にした。


タイトルは「南海トラフ地震に新説 200―300年後、M9以下」。東大の地震研究の教授が、発表した学説で、後20-30年後にも発生するとされる次の南海トラフ地震が、なんとまだまだ先の200-300年後でしかも、その地震の規模はM9にはならないというのだ。


これが事実であったならば、とりあえず今生きている日本人は一安心というものだが、はたして本当だろうか?

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 【編集委員・黒沢大陸】南海トラフ沿いで起きる次の巨大地震は200~300年後と予想され、規模は最大でもマグニチュード(M)9に達する可能性は低い、とする学説を東京大地震研究所の瀬野徹三教授が発表した。


 瀬野教授は、過去に南海トラフ沿いで地震が起きた場所を調べた多数の研究を再検証。地震の揺れや津波、地殻変動の特徴を調べて矛盾が少ない形で整理し、日向灘から遠州灘までの領域で地震が起きる「宝永型地震」、四国から紀伊半島沖と駿河湾周辺で地震が起きる「安政型地震」の二つにわけた。


 過去には、この2タイプが交互に起き、宝永型は350年程度、安政型は400年程度の発生間隔と考えられるという。順番だと次は安政型地震だが、いずれのタイプでも「次の地震は200~300年後ではないか」と指摘した。

(7/18 朝日新聞デジタル版)
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過去の地震の歴史に詳しい、「地震考古学」の大家、産業技術総合研究所客員研究員、寒川旭氏にうかがったところ、第一声は「従来と違ったユニークな考え方」との感想だった。


寒川氏は、歴史上の南海トラフ巨大地震をすべて分類するというには、基礎資料がとても足りないと思います。1854・1707年まではある程度把握できるが、それ以前は、年代がある程度わかって、性格も若干見えてきた程度と思います」と、“新説”について、真っ向からは否定しないものの、まだ、資料が足りないと、指摘した。


さらに、「これまでの南海トラフの巨大地震に関する地道な研究の積み重ねが、この説で一気に壊れるというものではありません」と現在のところ、従来通りの150年前後の周期で、南海トラフ地震が起きることを示唆した。



もし、200年後以降に起きるならば、現代人にとってはラッキーだと考えた方がよい程度の説だといえそうだ。


ただし、寒川氏が指摘しているように、専門家の多くはこれまでどおり、この20-30年のうちに南海トラフ地震が起きると見ていて、まだ、兜の緒を緩めるわけにはいなかないようだ。


さらに、このブログで何度もかいてきたが、東日本大震災のM8クラスの余震がまだ、起きていないことをはっきり認識しておかなければならない。


これは、インドネシアのスマトラ島沖地震での教訓で、地震はふつう、本震より1ほど小さい、余震が最大のものとして起こる。


つまりM9が本震ならば、M8クラスが、M7がならばM6クラスの地震が最大余震として起きる。


M8クラスというと、阪神淡路大震災がM7・3だから、その大きさが予測できよう。


そのM8クラスの地震が東北から関東に沿岸部で起きる可能性が厳然としてあるわけだ。


もし、福島で起きれば、事故が収束していないFUKU1が被災することになり、もし、千葉沖で起きれば、関東地方一円が被災することになる。





とまあ、現代は残念ながら「地震の時代」であるようで、一難去って、また一難ではないが、常に、地震の脅威と面と向かわなければならないようだ。


2013年7月23日火曜日

地震で配管がグチャグチャ!津波の前に原発が破壊されていた可能性。

私としたことが、選挙取材に没頭してしまって、原発についての重要なスクープを見逃していた。


もうご存知の方も、多いかとは思うが、うわさのスクープは朝日新聞の7月19日付けの朝刊。例の「プロメテウスの罠」の記事だ。

まずは、ご存知でない方もおられると思うので、話題の記事をご一読。


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2011年3月11日、福島第一原発の1~4号機がある福島県大熊町の昼下がり。塾教師の木幡(こわた)ますみ(57)は町内の喫茶店で椎名篤子(しいなあつこ)(58)ら友だち4人とコーヒーを飲んでいた。 のちに考えると、あと数分で大震災が起きるというころだった。ますみは何か胸騒ぎを感じ、こんなことを口にした。

 「原発に何かあったら、もうこの町には住めないよね」

 「そうだよね」と返事が返って少ししたとき、揺れが始まった。午後2時46分だった。

 喫茶店の窓ガラスはうねるように波打ち、ガシャガシャと割れた。天井が崩れ、客の周りに落ちた。

 揺れがおさまった後、ますみは急いで自宅に戻った。タンスが倒れていた程度で、家屋にそれほど大きな被害はなかった。

 役場に向かった。夫の仁(じん)(62)が町議会議員を務めていて、ちょうど議会の委員会に出ていた。

 「お父さん、町内が大丈夫か見に行こう」。2人で町に出た。

 午後3時半ごろだった。

 役場近くのコンビニに行くと、異様な光景に出くわした。

 第一原発の方向からざわざわと、作業員の制服を着た人たちが早足で歩いてくる。制服の色は企業ごとにまちまちだったが、頭髪のせいか全体的に黒っぽくみえた。

 「アリの大群のようだ」。ますみはそう思った。

 その大群が、続々とコンビニに入っていく。停電してレジが使えず、店員が電卓で計算していた。それを尻目に、商品をてんでに持ち去っていく。

 「あれえお父さん、みんな勝手に持っていっちゃうよ!」

 ますみは仁に叫んだ。

 作業員の中に、ますみの塾の教え子が何人かいた。

 「どうしたの、何があったの?」

 一人が叫んだ。

 「先生、逃げろ! ここはもう駄目だ。配管がムチャクチャだ」

 まだ津波が来る前だ。それでも彼らは原発から逃げはじめていた。

 当時、第一原発で働く大熊町民は、人口の1割、約1100人いた。(渡辺周)


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何がスクープ化というと、上記の記事でオレンジの色で大文字にしているところだ。


これは、津波が来る前に、原発の施設がすでに壊れていたことを示す重要な証言で、これまで国や東電側が主張してきた説明を覆す証拠になるからだ。


「福島第一原発の放射能漏れは、あくまでも津波による原子炉の破壊によるもので、地震の揺れによるものではない」


このように東電が主張することで、日本にある原発は地震の揺れには強いという「神話」をいまもって、原発をもつ電力会社は保持してきた。


言い換えると、現在進められている全国の原発の再稼動についての重要な根拠にもなっている。


つまり、地震の揺れによる原発の破壊が証明されれば、いま止まっている原発の施設の根本的な見直しがさらに必要となり、早期の再稼動は無理になる。


それゆえに、東電は一貫して、地震の揺れによる原発施設の破壊については否定の姿勢を強くみせている。







昨年2月には、国会の事故調査委員会から、こ福島第1原発1号機の非常用復水器の現場調査を申し入れられた際に、実際には照明などが設置され一定の明るさがあったにもかかわらず、「建屋カバーが設置されており、暗い」など虚偽の説明をした結果、調査が妨害される信じがたいトラブルがあった。


東電広報部は「担当者が状況を誤認していた。意図的に虚偽の説明をするつもりはなかった」としているが、事故の真相を隠そうする意図がみえみえで、事故調は「調査妨害だ」と東電側の姿勢を強く非難した。


ただ、今回の朝日の記事は、地震に揺れによる配管の破壊について、詳細な記述はなく、どこまで認識して書いたのかは不明である。この点について、今後の報道が期待される。

2013年7月22日月曜日

参院選、与党圧勝。「逆境」は飛躍への一歩

ご存知の通り、今回の参院選はマスコミの予想通り、自民党の圧勝となった。


「どうしてこんな結果になったのか?」などとまどろこしい解説は、お暇な専門家に任せておいて、脱原発や反憲法改正を掲げてきた人たちに、少し、メッセージを送りたい。


もうすでに、多く語れていることだが、今回の選挙は、多くの国民が、与党にもろ手を挙げて、投票した結果ではない。


投票率が戦後3番目の低さ(52・61%)からもうかがえるように、多くの人は棄権したうえでの結果だ。


しかしながら、どう足掻こうが、現実としては次の総選挙まで、与党の現態勢が続くことはまちがいない。


では、今回その声が押しつぶされた人たちはどうなるのか?


苦渋に耐え、次の飛躍への一歩とすべきだと私は考える。


何を「能天気」なことを・・・、お怒りの声もあろうかとは思うが、私は真剣に考えている。


日本は本当の民主主義を根付かせるためには、やはり、「苦しみ」というエッセンスが必要なようだ。


歴史をみればわかるが、今私たちが享受している平和や、自由は、よくも悪くも、先の大戦で敗北し、アメリカから与えられたものだ。


けして自らの手で勝ち取ったものではない。


次の選挙まで、後何年続くかはわからないが、現政権は、これまで公言してきたように、原発の再稼動、憲法改正、TPPへの参加、消費税のアップ・・・と次々と、安定政権をバックに、打ち出してくるだろう。


それによって、日本が幸福の方向へ舵をきることができれば、それはそれでよいわけであるが・・・、おそらく、そうはならないだろう。


私はこれまでにも、ここで書いてきたように、これらの施策を行うことで、さらに、国の運営は難しくなっていくと考えている。


強いものはより強く、弱者は軽視され、支配力を高め、多くの国民に義務を課する、アメリカ追従型の国となっていくだろう。


そんな私たちをあざ笑うかのように、神はこの国にまた大地震を起こし、国難を与えることになるだろう。


<3・11>で私たちは学んだはずだ。もう従来の考え方ややり方では、未来は切り開けない。


右肩上がりの経済成長をもう求めることはできない・・・膨大な電力を原子力でもう補うことはできない・・・


考え方の根本的、転換を求められている。否が応でも、近い未来にこのことを思いしらされることになる。


<魯迅の言葉> ‏

「窓を開けてくれと主人にいえんのか?」(「賢人と愚者と奴隷」『野草』)

2013年7月18日木曜日

参院選、投票棄権はダメよ!日隅一雄が残したもの

いよいよ、投票日までカウントダウンに入った今回の参院選挙。選挙管理委員会の広報ではないが、ぜひ、みなさんに棄権せずに投票にいっていただきたい。


残念ながら、日本の選挙制度の中では、私たちの意志を表明する手段はこの投票行為でしかない。


以前にもこのブログで紹介したが、私の友人でもあり、原発報道での“戦友”でもある故・日隅一雄氏の言葉を借りれば、「思慮深く考えて積極的に行動する」ことが、投票でも必要だ。


彼の言葉はさらに、拝借させていただければ、「まだ、日本では主権は私たちの手にない(主権在民)」


彼によれば、国民が主権を行使するには、


①判断に必要な情報を得る
②判断に基づいて国会議員らを選ぶ
③議員の政策決定に国民意思を反映させる
④行政をチェックする制度がある
⑤主催者としてのあり



の五つの視点が大事だと主張する。


これらのポイントは日本が本当に民主化するには私も必要なことだと確信するが、


選挙前の現段階では、投票に行き、個人こじんが意志表示することがその前提条件になると考えている。


「票を入れる候補者がいない、党がない」・・・そうした声は私にも十分理解できる。


が、無関心になり、投票自体を棄権すれば、某与党の思う壺である。


全体の投票者数が減ることで、支持団体を多く抱える政党(与党など)が、その結果で優位に立つのは明らかであるからだ。


民主党の前政権の失態にはたしかに、国民みんなが落胆した。それを機にもう政治にコリゴリとなれば、いままで、このブログで書いてきたような、「悪夢」が次々と現実のものとなるだろう。


では、投票でどうすればよいか・・・。


海外であるならば、政党と関係なく、人物で投票すればよいが、日本の場合、党則にきつくしばられた議員では、期待しても無駄なだけだ(アメリカでは、共和党や民主党の議員であっても自分の党の意見に反対してもよいのである!)。


それではどうすればよいか・・・。きわめて、現実的な対応をお教えすると・・・、

当選させたくない人物のカウンターパート(与党と組することのない人物)に投票すること。


もし、少々、自分の意に反する候補者であってでもだ。


そうすれば、衆院選のような、与党大勝の結果にはならず、現政権への批判の意志を表すことができる。


原発の推進、憲法改正、TPP・・・など、してほしくもない動きにストップをかけることができる。


実際のところ、衆院で、与党が優勢を占めている状況では、必ずしも、絶対にストップをかけることができるとは言いがたいが、それでも、衆参両院による「大政翼賛会」にはならないはずだ。


日隅氏がいう5つの視点を現実化するためにも、今は時間をかせぐ必要がある。


日本に本当の民主主義を築くために、「思慮深く考えて積極的に行動」してみては!

2013年7月17日水曜日

参院選、自民圧勝の後に来るものは・・・自由を奪う憲法改正

21日の投票日を控え、各地で参院選の選挙運動がまっさかりだが、マスコミ各社が予想するように、「もし自民党が圧勝すれば・・・」、何が起こるか考えてみたい。


いま最大のテーマは、このブログでも何度も取り上げている「原発再稼動」の問題だが、今回はひとまずおいておいて、私が次に心配していることを取り上げる。


それは「憲法改正」の問題だ。


安倍総理がアベノミクス同様、強力に推進しようとしているテーマがこの憲法改正だ。


では、衆参両院で自民党が多数となり、憲法改正となれば、何が起こるか?


そのヒントはすでにもう、自民党の草案として、提示されている。


そして、懸念される事案の中でも、特に注視したいのが、私たちの基本的人権が侵害される可能性があるということだ。


草案の中で端的例を紹介してみよう。


まずは第21条

「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」との現行規定に「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」という条文を追加したのだ。




もし、これが施行されると、権力者側が「公益及び公の秩序を害する」と判断したら、表現の自由が許されなくなってしまうことになる。


さらに12条では「憲法が国民に保障する自由および権利は、常に公益および公の秩序に反しないよう享受する」とある。




公の名の下に政府が決めたことに対する反対は許さないということだ。公の秩序維持のためなら人権は無視され、言論封鎖も許される恐ろしい世の中になってしまう。


そして、基本的人権を蹂躙する次に来るものは・・・・・


軍隊だ。自民党は憲法改正を機に、自衛隊を国防軍に位置づけることを目指している。


つまりだ。国民から、基本的人権や平和主義、そして表現の自由を公の名の下に剥奪すれば、次に何が来るのか?


ずばり、「徴兵制」だ。


これは戦後の韓国と同じ流れだ。この動きにともなって、やがて、韓国はアメリカのベトナム戦争に引き込まれてしまった。


若者と憲法改正の話を論議しているとき、最後に私がいういつものセリフがこれだ。


「ではあなたは憲法が改正されて、徴兵制がしかれた際、戦場にいきますか?」


これは絵空事ではない。




2013年7月11日木曜日

びっくり仰天!宝永の南海地震で、大阪に犠牲者は2万人超!!

地味な扱いだが、防災を知るものにとってはびっくり仰天のニュースが入ってきた。

なんと、宝永の南海地震で犠牲になった大阪の人は、2万人を超えることが、ある学者の研究でわかったというのだ。


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宝永地震「大坂の死者2万1千人超」 通説上回る


2013/7/9 19:57

 江戸時代中期の1707年に発生した宝永地震(マグニチュード8.6)で、大坂(現・大阪)市中の津波などの死者は2万1千人を超えたとする記録が残っていたことが9日、分かった。矢田俊文新潟大教授(中世災害史)が尾張徳川家に伝わる文書で確認した。

 有史で最大級の南海トラフ地震だが、被害実数が分かる史料は少なく、大坂の死者は数千~1万人、全国で計2万人との推計が通説だった。地震直後に尾張藩士が幕府の報告書を写したもので信頼性が高く、宝永地震の被害見直しを迫る史料となりそうだ。

 「天下の台所」と呼ばれ、物流拠点として栄えた大坂の人口は当時約35万人。死亡率は6%に達し全国最多とみられる。

 尾張徳川家は将軍家に次ぐ御三家筆頭で、代々、尾張藩(愛知県など)の藩主を務めた。矢田教授は藩士が17~18世紀に幕府の動静や事件、災害を記録した「朝林」を調べた。

 朝林によると、地震6日後の大坂は「3537の家がつぶれ、5351人が圧死、1万6371人が(津波で)溺死」。文末に「公儀御帳面之写のよし」とあり、大坂町奉行から幕府に届いた報告書を写したものと分かった。

 当時の幕府の公式記録は火災などで大半が失われ、将軍徳川綱吉の側近・柳沢吉保の公用日記には地震翌日の日付で「大坂は建物被害900軒、死者260人」と記されているが、その後の記述は見つかっていない。

 一方、別の尾張藩士の日記「鸚鵡籠中記(おうむろうちゅうき)」には「地震から6日後の幕府の評定(会議)では死者2万人」とあり、他にも大坂で1万人以上が死亡したとの史料も残っていたが、東日本大震災が起きるまでは研究者に注目されていなかった。

 矢田教授は「大震災を受け、史料を再検討した。宝永地震では今の大阪市中心部の大半が浸水し、多くの橋が落ちた。朝林の記述は現実的だ。将来の防災に生かしてほしい」と話している。〔共同〕
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このニュースの何が驚きかというと、その犠牲者の数。防災の専門家の間では、だいたい、5000~6000人くらいではないかといわれていただだけに、その数倍にもなる2万1000人にも上ることが立証されたからだ。


記事中にもあるが、当時の大阪の人口が35万人であることからすると、死亡率が6%になる。


現在の大阪市の人口が約260万人に、市外からの流入者を含める昼間の353万人。単純に計算すれば、犠牲者の数はそれぞれ15万6000人と、21万2000人となる。


次の南海地震は、宝永型と同じ東海、東南海、南海の3つ同時か、連続して起きる可能性が高いといわれている。


単純に現在に当てはめれば、大阪だけで最悪、20万人を超える人が死ぬ可能性があるということになる。


反論する意見としては、「江戸時代に比べ現代では、建物構造を含め、かなり強靭化しているのだから、そんなに犠牲にはならないだとろう」とみる向きもあるだろう一方で、さらに多く見積もる意見もある。


反対に現代の方が、都市構造が高層化、複雑化しているだけに、防災面からは弱いとされる箇所が多いことも事実だ。



たとえば、地下街。江戸時代にはなかったものだが、津波で浸水すると、大きな被害がでる。ましては、全国でも有数の長さ誇る、大阪の地下街は地下深く網の目のように広がっており、そこに津波が押し寄せれば、悲惨な結果となる。


また、高層ビルの被害も未知数だ。新たに研究が進んでいる長周期地震動による揺れは高層ビルのような大型の建物に深刻な影響を及ぼす。


ビルは幅数メートルにも揺れることが予測されていて、耐震化の進むビル自体は残るものの、中にいる人間は、まるで、シェーカーの中の氷のように、粉々にされる可能性があるのだ。


また、阪神大震災のように高速道路は落下し、湾岸部の石油タンクは爆発し、鉄道は脱線するなど、江戸時代には考えられなかった被害が続出する。


これは、なにも大阪だけに限った話ではない。


太平洋ベルト地帯を中心に、繁栄してきた日本にとって、都市部はほぼ、この地域に集中している。


つまり名古屋をはじめ、岡山、広島、山口・・・などすべての中核都市が、次の南海地震では、その被害の対象になりうるわけだ。


次の南海地震の政府の被害想定は32万人。今回確認された大阪の被害者数から考えると、一桁違い犠牲者の数も考えられる。


さらに、忘れてはいけないことは、先の政府の専門調査会による被害想定では、原発被害についてはまったく、考慮に入れられていないことだ。


もし、福島のように、どこかの原発から放射能が漏れ出すするような被害がでれば、まさに「阿鼻叫喚」の状況となる。


もう「備えあれば憂いなし」などのん気にいっている場合ではない。

2013年7月9日火曜日

ガラパゴス化する日本のテレビ。復活できない理由

日本のテレビの衰退を感じさせるニュースが入ってきた。




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パナソニック新型テレビ、民放各局がCM放送拒否

(朝日新聞デジタル版7/7)

テレビ画面に放送番組とインターネットのサイトなどが一緒に表示されるのは問題だとして、民放キー局がパナソニックの新型テレビのCM放送を拒否していることがわかった。大手広告主のCMを放送しないのは異例だ。

 民放関係者によると、問題にしているのは4月下旬に発売された新型の「スマートビエラ」。テレビ起動時に、放送中の番組の右側と下に、放送とは関係ないサイトや、ネット動画にアクセスできる画面が表示される。

 民放側はパナソニックに対し、視聴者が放送番組とネット情報を混同するおそれがあるとして、表示方法の変更を求めている。放送局が提供するデータ放送に不具合が生じるケースもあるとしており、パナソニックと協議を続けているという。

 一方、パナソニックはいまのところ、番組とネット情報を明確に区分しているとの立場だ。同社広報は、「スマートテレビは新しいサービス。放送局側と協議して放送と通信の新たなルール作りを進めているところなので、現時点ではコメントを控えたい」としている。
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まずは、この記事を読んでの第一印象。「日本最後の護送船団のあがきの声」とでも表現したらよいだろうか?


家庭でみるテレビ画面はだれが、一体、支配できるのだろうか?


テレビ局側?メーカー側?それとも・・・、もちろん、使用者である家庭にいるみなさんだ。


民放各局は、法律を盾に、画面に映し出されるものはすべて、テレビ局側に権利があることを、今回、パナソニックに訴えたわけだが、使用者であり視聴者である私たち側からすれば、「そんなの関係ない」と(誰かのギャグように)いいたい。


情報化が進む現代において、テレビ局から発信される情報は<ONE OF THEM>にすぎず、もし、画面上にネット情報が見られるならば、選択できるのは「当たり前」の権利であってほしい。


テレビ局側のいうような「情報を混同する」など、もちろん一部にはあるだろうが、その正当性を主張できる十分な理由ではけしてない。


ではこうしたことを主張するテレビ局側の背景には何があるのか?


これまで、戦後築いてきた、テレビ局全社による護送船団方式の独占化よるものだ。


テレビ放送は、3つのファンクションからこれまでなってきた。


ひとつは、映像作り手であるテレビ局、そして送り手段となる送信(アンテナ、ケーブル)、最後が受け手であるテレビ機器本体。


いままでは、ほぼ、この3つともにテレビ局が独占支配してきた(受信機自体はメーカーだが、ここでは映像を映し出す画面のこと)。


その一角であるテレビ画面の内容が、このスマートテレビの出現で崩されようとしている。


テレビ局側が利権を守るため、もがくのはあたりまえだ。


しかし、一体だれのためにもがくのか?


視聴者のため・・・いや、テレビ局自身のためにだ。


外からの意見を取り入れず、かたくなに自分たちだけの世界を守る。


まるで、今までテレビ局側がメディアとして、「護送船団」だと攻撃してきた相手のように。


そこには自分の殻をやぶることができない(現在のテレビがおもしろくない)原因があり、自らイノベーションできない正にガラパゴスの巨大トカゲがうごめいている。


皮肉にも大スポンサーから突きつけられたレトリックに、もがくテレビには、なにか「神の見えざる手」を感じる。


2013年7月8日月曜日

原発の新規制基準施行・・・まずは止めること

きょう原発の新規制基準が施行され、再稼働をめざす電力会社4社が、5つの原発について、申請を行った。


申請したのは、北海道にある泊原発の1号機から3号機、福井県にある大飯原発の3号機と4号機、高浜原発の3号機と4号機、愛媛県にある伊方原発の3号機、それに鹿児島県にある川内原発の1号機と2号機の、合わせて10基。


各メディアはいずれも、トップ級の扱いで、このニュースを取り上げ論評した。マスコミの中では、一部を除いて、原発再稼動について、ほとんどがやむなし」の立場をとっており、おおまかな理由は以下の通り。


ひとつは電力会社の経営面からのもの。原発を止めたため、火力発電をたよらざるをえず、燃料費が大幅に増え、経営を圧迫するというもの。


次に、同じ経営面の理由からでも、こちらはさらに一捻り。もし、廃炉に持ち込んだとしても、40年で廃炉を前提としてる経理システムからすれば、早期の前倒しの廃炉は予算の積み立てが追いつかず、一挙に負債が表面化し、最終的には、お客様の料金のアップでしかまかなえなくなるというもの。


そして、最後が、エネルギー不足論。原発を再稼動しないと、電気が不足し、日本の産業が弱体化する。せっかく、アベノミクスで登り調子の日本経済がダメになるというもの。


いずれにしろ、「原発再稼動しないと、私たちの生活がえらいことになるぞ」と、すべて脅しの手法だ。


ここでちょっと待ってもらいたい!経済の問題も確かに大事かもしれないが、

一番大事なのは、命の問題ではないか?各社の解説&論説委員の方々はもう、お忘れか?2年4ヵ月前、福島で起きたことを。


まだ、10万人を越える人たちが避難生活を強いられている上、事故は収束どころか、メルトダウンしたとされている燃料の在り処さえわかっていない状態だ。


新しい規制基準ができたからといって、なにも変わっていないのだ。


さらに日本は、今後数十年、地震の活動期が続く。それも、巨大地震が起ころうという時期で、原発を再稼動させるのは正常の心理では考えられない。



ではどうすればよいのか?・・・答えは簡単だ。

すぐに原発はストップさせ、残った燃料と使用済み燃料の保管を万全にするのが筋ではないか?


もし、福島以外で、あとひとつでも、事故が起これば、日本は終わりだ。


地震のない欧州各国でも、福島事故以降、原発建設の数は減り続けている。ましてや、超地震大国の日本で、原発の稼働率を上げるとは自殺行為ではないか?



再稼動に賛同するメディアの社説や論説には、さらに、ご丁寧にも、新基準の徹底を求めるものもある。住民の避難経路の充足や、ヨウ素剤の配布するタイミングの明記などを求めている。開いた口がふさがらないとはまさにこのことだ。


私たちはもう二度と、放射能から逃げたくもないし、ヨウ素剤など飲みたくもない。


原発が稼動しているだけで、私たちの生活生命は常に脅かされる。国や企業は、それを経済のために我慢しろというのか?


福島県民を声を聞いてみればいい。いろんな問題で、県民の間でも意見は違うが、ひとつだけ、共通しているものがある。


それは、「原発はもう稼動させない」ということだ。


安全神話を叩き込まれ、「原発信者」の先頭を走っていた福島県民が、事故で裏切られ、はっきりと理解したことは「もう、原発はこりごりだ」ということだ。



新規制基準施行を機にみなさんにもぜひ、この国が行おうとしている愚かな決断について、考えてもらいたい。

2013年7月5日金曜日

原発被害と水俣病の関係

先日、水俣病患者の講演会の記事を目にした。


こちらの話も、福島原発事故後、何度も語られてきた話だが、今回はもう一度、「原発被害と水俣病の類似性」について、書いてみたい。







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(7月4日東京新聞)

前橋市の群馬大で2日、講演会「『水俣病』の経験から何を学ぶか」が開かれた。母親の胎内で水俣病になった「胎児性水俣病」と闘う熊本県水俣市の松永幸一郎さん(50)と永本賢二さん(53)が、病や差別と向き合ってきた経験を語った。


水俣病は1956(昭和31)年に公式確認され、59年には熊本大が原因物質を有機水銀であると発表したが、新日本窒素肥料(現在のチッソ)は68年まで工場排水を流し続けた。


63年に生まれた松永さんは「排水がもっと早く止まっていれば…。くやしい。チッソが憎い」と語った。5歳になっても歩けなかったため親元を離れて13年間施設で暮らした。いまは車いすを使っている。


永本さんも幼少のころは歩けず、8歳まで三輪車を車いす代わりにして移動していた。通学路でほかの子どもから「よかね、補償金もらえて。アイスクリーム買ってくれよ」といじめられた経験を振り返り、「本当に情けない。補償金じゃないよ、体返してくれよ」と声を振り絞った。

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お二人の口からでた言葉は、おそらく、原発事故の被災者に共通する気持ちだ。水俣病はいわば、公害被害者で、原発による放射能被害とは異なるものだ。


しかし、日本という風土を媒介にすると、きわめてよく似た状況が起こる。ここでは、私のようなにわかウォッチャーの言葉を使うよりも、アイリーン・未緒子さんの言葉を借りよう。




アイリーンさんは、戦後のアメリカ人写真家で、世界に水俣病の真実を伝えた故ユージン・スミスさんの妻で、水俣病患者の支援を続けるとともに、反原発運動を30年以上にもわたり続けてきた人物だ。


アイリーンさんはその経験を踏まえ、簡潔にふたつの事象をこう位置づけている。


「福島第1原発事故は水俣病と似ている。共通する責任逃れ、曖昧な情報流し、繰り返してほしくない被害者の対立。原発事故と水俣病との共通点は国の無策ではなく『不公平』の3文字だった」。





 ■水俣と福島に共通する10の手口

 
 1、誰も責任を取らない/縦割り組織を利用する

 2、被害者や世論を混乱させ、「賛否両論」に持ち込む

 3、被害者同士を対立させる

 4、データを取らない/証拠を残さない

 5、ひたすら時間稼ぎをする

 6、被害を過小評価するような調査をする

 7、被害者を疲弊させ、あきらめさせる

 8、認定制度を作り、被害者数を絞り込む

 9、海外に情報を発信しない

10、御用学者を呼び、国際会議を開く 




アイリーンさんは、福島の人々の姿に、水俣で見た光景が重なるという。


「水俣の被害者もいくつもに分断され、傷つけ合わざるをえない状況に追い込まれました。傷は50年たった今も癒えていません」


それゆえに福島の人たちに伝えたいメッセージがある。



「逃げるのか逃げないのか。逃げられるのか逃げられないのか。街に、職場に、家族の中にすら、対立が生まれています。でも、考えて。そもそも被害者を分断したのは国と東電なのです。被害者の対立で得をするのは誰?」


アイリーンさんは以前、私が制作していたラジオ番組「たね蒔きジャーナル」にゲストとして出演してもらった際にこんなコメントをくれた。


「・・・(福島の事故で)海外では、自分たちの国(ドイツなど原発をもつ国々)はものすごく影響を受けたけれど、じゃぁ実際事故が起こった国(日本)では、どういう選択をするのか。原子力についてこれから本当に運転を再開してしまうのかどうか、っていうこと。そういう事を注目されていると思いますね」



アイリーンさんが予想したように、あいまいな判断のまま、現在は再稼動の方向に進んでいるが・・・。


そして、当時、番組に一緒に出ていた京大・原子炉実験所の小出裕章さんが、政治への無関心を装う姿を皮肉りながら・・・・


「・・・小出さんはもう政治に絶望したとかなんか言いながら、行動はそれを示してない。行動はやっぱり、希望を持ってるよう(に見える)。やっぱりどんどん言ってかなきゃ。物事変えてかなきゃっていうその勢いがまだ凄く見える・・・」



そして、「そのことが大事だ」と、アイリーンさんは私に強調してくれたことを覚えている。


現在も闘いを続ける彼女の姿勢にこそ、この国を救うヒントがありそうだ。



2013年7月3日水曜日

村上春樹の熱き思いにみる、「反原発」への志し

いま話題になっているブログ記事「日本人が知らない村上春樹の熱い思い」(オルタナ)を読んだ。


読んでいただければ、内容は理解できると思うが、簡単に概略を説明すると・・・


作家の村川春樹氏が2011年、オーストラリア人のジャンーリストに、原発事故を語った日本未公開のインタビューだ(ジャーナリスト・桐島瞬、翻訳・岩澤里美)。


原発事故に対して、そして現在の日本の状況について、その一言ひとことが秀逸で、感動的であるため、ここでも取り上げたい。



――「日本は3.11以降、岐路に立っています」と村上春樹は述べ始めた。いや、社会の中の大きな変化は彼にも見えない。「ほとんどの芸術家や知識人、そして国民の大部分が望むように、私も変化を望んでいます。でもこの考えを取り入れる政治家はいません。私にはそれが理解できません」(Reportage Japanから引用)



――「東京電力の社長とか何人か、本当に刑務所へ行くべきだと思う。何より日本の検察庁が刑事告発しないのです。これはすごく変なことだと僕は思います。誰も責任をとることをしないのです。これは、すごく間違ったことと僕は思います」

村上氏によると、日本には大きな問題が3つあるという。


――誰も責任を取らないこと、日本に国民投票がないこと、緑の党がないことだ。(中略)市民運動が働きかけているように、国民が国家レベルで直接投票する選択肢が日本にあれば、大多数が原発に反対だと表明するだろうと村上は確信している。「でも、私たちにはそれがないため、人々は意思表示ができないのです。彼らには現在の政治家たちと戦う力がありません」(Reportage Japanから引用、注:緑の党は2012年7月に結成)




――原子力の撤廃は可能だと彼は確信する。日本がテクノロジーの面で、代替エネルギーに振替えられるからというだけではない。日本人の独特の「国民的な気質」にもよる。「一旦、国家目標が決められれば、全員がそれを達成するよう努力します。一旦、何かが決定されれば、全員そろってそれに従います。もし原子力の撤廃が決まれば、全員が絶対に努力してその実現に協力し、自分たちの電力消費も喜んで減らすでしょう。けれども、いまはそんなふうに目的を決定する人が誰もいないのです」(Reportage Japanから引用)




村上氏が早稲田大学で過ごした時代は、全共闘の真っ只中だった。多くの全共闘世代と同じく、当時が原風景として残っているという。




――「私たちは18歳、19歳、あるいは20歳で、非常に理想主義的でした。私も世界が段々とよくなるだろうと、私たちはそう、それに向かって頑張っていたわけですが、そう信じていました。当時は非常にナイーブでした。そして多くのことが起き、私はもう信じなくなったのです。でも、この理想主義は感傷的な思い出として残っています。いまのほとんどの若者は、そんな理想主義をもう持っていないと思います。少なくとも、大規模な運動はありません。私の世代はこの理想主義がかつて存在したことを重視しています。それ以降、すでに40年が経過しましたが、そのような時がまた来ないのだろうかと自問します。それが成功するかどうか? 分かりません」(Reportage Japanから引用)


村上春樹の言葉はまったく、いまの私たちの気持ちを表してるではないか・・・、もし、そうでないのならば、私は一人でも、彼を支持する。

2013年7月2日火曜日

本当に変革しなきゃいけないのは、「官僚体質」

元官僚だった高橋洋一氏のコラムを読んで、思いを新たにした。


コラムは現代ビズネスに氏が執筆中の「ニュースの深層」だ。


高橋氏は、原子力規制委員会の田中委員長の陣容増員発言にからみ、原子力規制庁の官僚が横槍をいれ、話をつぶしてしまった例を挙げ、いまだに官僚が旧態依然のままであることに警鐘をならした。


これと同様に、自己利権をいつまでも守り抜こうとしている官僚体質が、実は、第一次安倍内閣の時代から、もっというならば、今までに作り上げれられた状態のまま変わっていないことを強調した。


このコラムを読んで、はたと思い出した。


いま私も含め、ニュースの批判の矛先は政治家に向けられることが多いが(もちろん彼らにも多いに責任はある)、忘れてならないのは、実は戦前続く、日本の官僚機構の問題だ。


それが、日本のすべての諸悪の根源といっても過言ではない。


思い出してほしい。民主党が自民党に変わって、政権をとった、一番の理由もそこにあったことを。


皮肉な意味で、日本の官僚はほんとうにすごい。そして、てごわい。


東日本大震災が起き、福島原発で事故が起きた。


その後の復興事業の遅延、原発事故収拾の手際の悪さは、その多くの責任をもつ官僚たちは、知らないうちに、当時の民主党の政治家にすべての責任を押し付けた。


そして、今度は自民党に舵取りを任せているようにみせながら、たくみに裏で、政権を操る。


原発ゼロへの方針を撤回させ、原発再稼動への道をまっしぐらにすすめ、除染も復興もできないまま、15万人もの被災者をおいてけぼりにしている。


官僚たちは、復興庁の職員でさえ、現地に赴くことすらせずに、東京に中心にいすわり、自分たちのためにだけ、予算の獲得に走り回る。


おまけに、その復興予算ですら、復興とはまったく関係のない、自治体なの予算に使われる始末だ。世も末とはこのことだ。


明治政府が築き上げた、官僚機構は確かに、列強が凌ぎ合う時代には、役に立ってかもしれない。しかし、それも、すでに第二次大戦の敗戦が示すように、その存在意義は完全に終わってしまった(旧日本軍自体が官僚組織のその最たる例)。


生き残った官僚たちの策略で、占領軍は、戦後も官僚組織を戦前の体質を残す形で温存することを認めてしまった。


戦後復興や、朝鮮戦争、そして高度成長の波に乗り、官僚組織はいかんなく、その力を発揮し、日本支配の中枢に見事、復活した。


しかし、民主主義が成熟するとともに、しだいにその官僚支配にほころびが見え始める。


旧ソ連の末期が日本の将来を物語る。





あのとき、福島原発事故と同様に、チェルノブイリ事故が寸前に起こっていた。原発事故の収拾で国力が弱まる中、日本よりもはるかに、強力に政権中枢を支配していた官僚組織が音を立て始める・・・・そして、ソ連は崩壊したのだ。


国民全体に奉仕者であるはず官僚たちが、いつのまにか、それ自体が、階級のひとつとなり、権力をもち、国民を支配し、腐敗をつづけた。


まるで、今の日本と同じだ。国民からの信頼を失い、自己利権に走る硬直化してしまった組織に、もう明日はない。


ただ、私たち日本人は、それほど愚かではないはずだ。国民はこのバカな官僚たちと心中するつもりなど毛頭ない。


これから、近いうちにまた、大きな災害が相次ぐはずだ。この先、数十年はまさに国難の時代が続く。そのとき、私たちは、何を信じ、何を選ぶか、しっかり、考え、意志表示する勇気が必要になる。トルコや、エジプトや、ブラジルのように。