2013年8月6日火曜日

関西テレビに倫理違反、報道倫理が低下する民放

マスメディアの能力の低下が叫ばれて久しくなるが、もう「何をかいわんや」の状態になってきた。


先週発表された、大阪の民放・関西テレビよる倫理違反についてのニュース。


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関西テレビに倫理違反=インタビューで別人映像―BPO

時事通信 8月2日(金)18時24分配信

 放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会(川端和治委員長)は2日、関西テレビ(大阪市)が平日夕に関西地区で放送している報道番組「スーパーニュースアンカー」で、インタビュー相手の映像を別人に差し替え放送した問題について、放送倫理違反とする意見書を公表した。
 同番組は昨年11月30日、大阪市職員の兼業疑惑を報じた際、情報提供者が撮影を拒否したため、スタッフの後ろ姿をモザイク入りで放送。音声は本人のものを使った。カメラマンが上司に相談し、同局は事実を把握したが、「報道内容に偽りはない」などとして、3カ月余りの間、番組などで訂正しなかった。
 川端委員長は「視聴者の信頼を裏切るもの。事実が(局内で)発覚したなら、直ちに視聴者におわびをすべきだった」とコメント。
 関西テレビは「視聴者の信頼を損ねたことを深く反省し、おわび申し上げる」としている。

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この放送倫理違反は、以下の2つ点が、BPOから指摘された。


①社内でのチェック機能がはたらかず、インタビューを放送したこと


②報道で発覚するまでの約3カ月間、幹部らが「情報提供者との信頼関係を壊す」などとして訂正放送を見合わせていたこと


この件に関して、私見を述べる前に、あらためて確認しておくが、関西テレビといえば、2007年の「発掘!あるある大事典2」の捏造(ねつぞう)問題を受け、番組制作ガイドラインの改善などを図ってきた放送局であることだ。


つまり相変わらず、「懲りない面々」による今回の倫理違反となった。


私が特に問題にしたい点は②。


①についてもいいたいことはあるが、詳細はBPOの決定に譲る(http://www.bpo.gr.jp/?p=6629&meta_key=2013

②ついて。


BPOの発表によると、インタビュー放送後、現場のカメラマンや、記者、そして編集マンら報道局のスタッフのほとんどは、発表して謝罪すべきだという意見に固まっていたが(当然の帰結だが・・・)、

そのトップである報道局長自身が、

報道内容に偽りはないうえ、

お詫び放送するには、

インタビュー取材についてある程度説明しなければならず、

情報提供者との信頼を壊すおそれがあるとしして、

放送ではふれずに、情報を共有することで、

再発防止に努めることを決めたという。


この報道局長は、なぜこんな結論を出したのか?


「あるある大辞典」で学んだことを生かすことができず、逆に、そんな状況ゆえに、恥の上塗りを避けたことは容易に想像できる。


私はそれだけではないと思っている。これは明らかに「報道倫理」の低下だとみている。


私も民放テレビの報道現場で働いた経験があるが、

以前は、報道職場に勤務する人は、会社への帰属意識よりも、視聴者、一般市民からの信頼の方を大事した。


そうした意識を含め、私は「報道倫理」と呼んでいるのだが、

この報道局長は、視聴者からの信頼感より、社のプライドや、スポンサーへの忖度、なによりも保身のために、判断してしまったのだろう。


報道した内容の真偽の問題も大切だが、視聴者からの信頼感が欠けてしまったメディアなど、もうなんの存在価値もないことがわからないのだろうか?


私も、ラジオ番組<たね蒔きジャーナル>の終了時に同じ経験をした。理由もわからず、局幹部から、突然、番組の中止を知らされたのだ。


メディアにおける報道の役割というのは、もちろん記者やディレクターはその社に属しはするが、放送する内容については、公的な責任をもっている。


民放という一営利企業にいながら、「報道」の存在は、実は視聴者のためにあるのだ。


いま、そのことがわかっていない、メディア幹部があまりにも多すぎる。その背景には、日本経済の長期凋落によるスポンサー収入の低下がある。


もう報道などといってられない、民放の懐事情が反映されているわけだ。


では、この状況が続き、報道するメディアが本当になくなった社会はいったいどうなるか?


その例が実際にアメリカで起こった。

カリフォルニアの小さな街ベルでは、地元紙が1998年に休刊になり、地元のニュースを報道するメディアがなくなった。


その結果、市の行政官は500万円だった年間給与を十数年かけて段階的に12倍の6400万円まで引き上げた。これはなんと、オバマ大統領の2倍の給料にもあたる!


それだけではない。市議会の了承も得、ほかの公務員もお手盛りで給与を増やしていたのだ。


住民はそのことを知らなかった、いや知る術がなかったのだ。十数年間、市議会にも市議選にも新聞記者がひとりも行かなかったからだ。


まさにメディアの役割が「権力の監視」を象徴するできごとだ。


アメリカに関わらず、日本でも、いま、メディアの存亡が危機に瀕している。


ネットで得られる無料の提供ニュースがあれば、十分だと思っている若い人も多いと思うが、メディアから本当の意味での「報道」の2文字がなくなれば、アメリカの小さな街で起こった以上のことが、この国でも起こることになる。

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