2013年9月27日金曜日

泉田新潟県知事の申請容認は裏切りOR戦略?

心配していたことが、起こった。


新潟県の泉田裕彦知事がきのう、柏崎刈羽原発6、7号機をめぐり東電が原子力規制委員会に提出する安全審査申請を条件付きで容認した。


かねてから、東電の申請要請を何度もはねつけてきた泉田知事だっただけに、脱原発派からは、ため息が漏れた。


私も泉田知事が刈羽崎原発の再稼動に反対を示し始めた当初から、やや疑いの気持ちを抱きながらも、エールを送ってきた。


というのも・・・

自らも経産省の官僚出身という立場ながら、「再稼動」反対を示す知事の姿勢は、安倍政権誕生以来、産官学共同で、また原発再稼動を進めようとする国勢のなか、なかなか『痛快』な存在感だった。


が、応援する立場としてはいつも不安だった。


いつか来た道ではないが、「原発反対」を掲げ、勢いを得ていた以前の橋下徹・大阪市長のように、泉田知事も「いつかはその姿勢を変えてしまうのではないか」と、心配でならなかったからだ。





そして、昨日、その不安が的中した。


原発再稼動に同じく反対の立場を示すジャーナリスト・田中龍作氏は、昨日のブログ(http://tanakaryusaku.jp/2013/09/0007943)で、早速、この問題を取り上げ、その背景に、国策捜査をしようとする地検特捜部の影を指摘している。


田中氏は、その中で、『サンデー毎日』(10月6日号)の記事を取り上げ、検察庁が泉田知事をターゲットにしたことを明らかにしている。


記事では、地検特捜部関係者の以下のようなコメントを載せている。


「地検上層部からの指示で泉田知事を徹底的に洗っています。立件できれば御の字だが、できなくても何らかの圧力を感じさせることで、原発再稼働に軌道修正させる助けになりたい考えではないか」。


もし、泉田知事が、地検特捜部の捜査を恐れて、今回の決定となったのなら、彼は、そのレベルの政治家だったのであろうし、今までの原発再稼動反対の姿勢も、人気取りのパフォーマンスだったのだろう。


応援していた反対派の市民もあきらめざるえないはずだ。なぜなら、これからの、脱原発への道は、これまでの政治家では経験したこたがないような、つらい棘(いばら)の道だからだ。


よほどの精神力がなければ、その道を乗り切れないからだ。その程度の政治家では、毛頭無理だ。



しかし、私は、泉田知事に、まだ、期待している。


今、国はまっしぐらに原発再稼動への道をつき進んでいる。東電も、この柏崎刈羽原発が動かなければ、もう後に引けない「断崖絶壁」にいる状況だ。


つまり、原発推進派にとっても、いまが勝負どころで、必死になって、あらゆる手段(検察や交付金、地元経済界、県議会など)を使って、その敵(=泉田知事)の攻撃を行っている最中なのだ。


正面衝突では、負けるに決まっている。


そこで、私は「泉田知事が今回は一度、この勝負から、身をひいた」と考えたいのだ。


ひとつの戦略だ。「負けて勝つ」の戦法だ。


泉田知事は今回、条件つきで、申請を認めた。


それを決める事前の会談で、知事は、東電の広瀬社長との間で、「(規制委の)新規制基準をクリアしただけでは、住民の安全を確保できず、自治体との協議が必要という点も共通認識になった」ことを明らかにしている。


つまり、新潟県が関与する余地を東電に認めさせ、原発再稼働問題で、今後も県側の発言権を確保したとみれば、泉田知事の遠謀深慮が推察される。


ただし、この辺のことは、あくまでも私の希望的推測なので、泉田知事の本心はわからない。


しかし、政治や政治家をどうハンドリングできるかも、未来に責任ある私たち市民の義務だ。


希望を捨てず、今後の泉田知事の一挙手一投足に、ガンガン発言し行動していくべきだ。

2013年9月20日金曜日

恐れていたことが・・・FUKU1の作業員に今、何が?

今日は自戒をこめて、日本人の一人としてブログを書きたい。


私も含め、放射能漏れを起こしている福島第一原発について、日本人のほとんどの人が勘違いしていることはないだろうか?


それは、一体、誰がFUKU1の事故を収束させるのか?だ。東電、いや安倍総理がいってたから、政府が・・・いや、どこかの国の大企業がやってくれるだろう・・・。


はっきり、言おう。もちろん一義的には、東電の責任は大きく、収束への対応をするのは当たり前だが、実際に処理を行うのは、現場で働く作業員だ。


もっというなら、私たち日本人全員の責任だ。


なんでいきなり、こんなことをいいだすかといえば、今日、何気にネットを見ていたら、こんなニュースが流れていたからだ。


「福島第一原発の事故処理、日系ブラジル人にまで触手」「オルタナ」<http://www.alterna.co.jp/9205>。


東京電力福島第一原発の事故処理で、日系ブラジル人にまで日雇いの募集がかかっていたとニュースだ。


予想していたが、まさかこんなに早く・・・。




このブログで何度も書いてきたが、汚染水漏れの何が一番、問題なのかといえば、もちろん、海洋汚染、地下水汚染などもそうだが、それよりも、FUKU1の敷地内で、放射線の線量が多くなれることだ。


つまり、人が近づけない状況になることが一番の問題なのだ。


わからない人のためにもう少し、説明を続けよう。


作業員が敷地内にも入ることができなければ、どうなるか?


いま行われている事故収束への作業がストップする。ストップすれば、さらに汚染水は増え続けるわ、まだまだ危険性をはらんでいる使用済み核燃料や、行方知れずのメルトダウンした燃料棒放置されるわ、になる。


現場ではマンパワーがすべてなのだ。


先の記事は日本人のマンパワー不足を物語るものだ。


もう日本人の作業員が雇えないことを意味している。正確にいえば、現場で働く意志をもつ日本人が減っているのだ。


当たり前だ。親会社、子会社、孫会社・・・と幾重にも重なる従属構造のなかで、実際に働く作業員のほとんどは、その最下層の会社に属する。


作業員が手にする賃金は、東電や政府から支払われた金のうちから、上の会社がそのほとんどを間引いたものだ。


安い賃金の上、職場環境は劣悪だ。長時間労働、まずい食事・・・、そして何よりも、目に見えない恐ろしい敵、「放射能」との戦いの中での作業だ。いや戦場といっていいかもしれない。


誰が好んで、この仕事をするだろうか?





そうしたひどい状況を示す記事がある。


「福島原発作業員9640人が白血病の労災基準超え」(朝日新聞2013/8/5)

2011年3月11日の事故発生から、同年12月末までに福島第1原発で働いた1万9592人の作業員の累積被曝線量は平均12・18ミリ(東電の集計)で、うち、約5割に当たる9640人が5ミリ超の被曝をしていた。白血病は年5ミリ以上被曝した人が、作業開始1年後以降に発病すれば認定される。


もうFUKU1の作業員の被曝量は、通常の人間では耐えられない域に来ているかもしれない。


そんな中での、外国人への募集となっているのだ。


もちろん、当時責任のあった東電幹部や、政府要人や官僚らを真っ先に現場に投入すべきことは当たり前だが、それでもひとが足りなくなった場合、「自分は関係ない」とあなたは言い切れるだろうか?


そのようなことにならないためにも、凍土壁のような数年先を見据えた長い計画ではなく、一刻も早い対応がいまさらながら必要だ。


いまの政府だと、明日はあなたに、戦中の赤紙のような「FUKU1召集通知」がやってくるかもしれない。

2013年9月18日水曜日

地震でも常識を疑え!東海の前に南海地震が起こる可能性

本日は、久しぶりに地震の話をしてみたい。あの3・11の東日本大震災以降、あまり大きな被害地震が起きていないので、「もう地震は起きない」という勘違いをしている人もいるかもしれないので。


いま、地震のことで私が気になっていることは、東日本大震災のように、次の大地震は、私たちの常識を越える形で、また、発生するのではないかということだ。


具体的に言おう。


気になっているのは「南海地震」のことだ。2020年前後にも起こる可能性が高いといわれる巨大地震だ。


ふつう、地震の詳しい私たち取材者や、研究者の常識からすれば、南海トラフには、3つの地震域(実際はひとつだが・・・)があって、それぞれの震源域に合わせて、東から、東海地震、東南海地震、南海地震と名づけられている。






発生の仕方としては、連動か同時かで、単独ならば、東からで、東海→東南海→南海の順で起きると考えられている。


関西の住む人たちは、東海か東南海が先に起きれば、南海地震に備えることができるわけだ(同時では難しいが)。


だが、東日本震災を引き起こした地震のことを考えると、自然はいつも人間の思うようになってくれない。そして、実は次の南海地震もそうではないかと、近頃ひそかに思い始めてきた。


結論から言おう。


次の南海地震は、いきなり、南海地震だけが起きるのではないかと考えている。


それを裏付ける理由として、2つの気になるニュースがある。


一つ目は「南海地震、過去に東海より先行か」(9月21日神戸新聞)だ。




記事の概略はこうだ。


室町時代の史料が乏しく“未知の大地震”と呼ばれる明応南海地震の発生が旧暦の「明応7(1498)年6月11日」だった可能性を示す文書が、神戸市北区の高原山(こうげんざん)萬福寺にあることが分かった。
約2カ月後の8月25日(旧暦)には明応東海地震が発生。東海・南海の両地震は、何度も同時、あるいは東海が先行して起きているが、南海地震が先に発生したことを示す十分な史料はない。
神戸に被害があったことをうかがわせる記述もあり、専門家は「通説を覆す貴重な資料かもしれない」と話す。


つまり、150年前後で繰り返される南海トラフ地震の過去に、東海地震よりも、南海地震が先に起きたことを示す資料がみつかったのだ。


そして、二つ目の理由。


予知はできないとされる地震学の中で、ひとり「予知はできる」と気を吐く、東京大学名誉教授、村井俊治氏の研究成果だ。


村井氏は国土地理院のGPS観測網を利用した独自の地震前兆を捉える研究を行っているが、それによると、今年1月から四国周辺で警戒すべき移動幅を示す観測点が急増しているという。


愛媛県の宇和島から高知県室戸、和歌山県金屋まで、南海トラフに並行して異常値が出ている。


東海・東南海では異常はないので、いま騒がれている3連動地震にはならないが、南海トラフを震源とする南海地震が起きる可能性があるというのだ。


さらに、不意をつかれることは、南海地震の先行発生だけではない。それに続く、巨大地震の連動発生だ、しかもそれは、東海や東南海だけではない。


何か?


あの「東海地震説」を唱え有名になった神戸大学名誉教授、石橋克彦氏が日本記者クラブでの講演(2011年11月29日)<
http://scienceportal.jp/highlight/2011/111216.html>で重大な発言をしている。


石橋氏は講演の中で、こう自説を説く。


超巨大地震の東日本大震災の影響で、日本列島が全体が大きく影響した。

その結果、東海-東南海-南海地震を起こすためのひずみが増大し、その発生を早めることが考えられる。

駿河―南海トラフでは今世紀半ばまでに巨大地震が起きると予測されているが、そのときは、糸魚川-静岡構造線活断層系までが連動して、さらに大きな地震になる可能性もあると考えたほうがよい。


つまり、石橋氏の説では、南海トラフ地震の3つ地震が連動するだけではなく、日本の中央を真っ二つに割るように縦断する糸魚川-静岡構造線活断層系までもが動くというのだ。





もし、こんな地震が起きれば、東日本大震災どころの被害ではすまないことになる。


もちろん、そんなことは起こってほしくはないのだが、自然は人間のことなどは考えてはくれてはいない。


地震は想像もしていない地域に、想像もしていない規模で起こるものだ。


東日本大震災が起きてしまった以上、日本の近未来にどんな地震が起きても不思議ではない。ブログ読者のみなさんは東京五輪なんぞには、けしてうつつをぬかさぬように。

2013年9月11日水曜日

「現在は戦時」辺見庸のすごみ


神奈川新聞の辺見庸のインタビュー記事を読んだ(時流自流)。


辺見にはまるで“時代の神”が宿っているようだ。

(辺見)
「現在は平時か。僕は戦時だと思っています」


「十年一日のようにマスメディアも同じような記事を書いている。大した危機意識はないはずですよ。見ている限りね」


「日中戦争の始まり、あるいは盧溝橋事件。われわれの親の世代はその時、日常生活が1センチでも変わったかどうか。変わっていないはずです。


あれは歴史的瞬間だったが、誰もそれを深く考えようとしなかった。実時間の渦中に『日中戦争はいけない』と認められた人はいたか。当時の新聞が『その通りだ』といって取り上げたでしょうか」


私はこの辺見の言葉に頭を打ち砕かれた。

戦争というものは、一般市民にとって、まったく普通の日常の中で、何の変哲もなし始まるものなのだ。


戦後生まれの私にとって、戦争というのは、国民全体が日章旗を片手に、興奮し、きわめて緊張した状態で起こるものだと勘違いしていた。

そうなのだ。戦争の始まりはいたって静かに起こっていたのだ。ほとんど気付かれることもなしに。


辺見は言葉を続ける。
 

「日本のファシズムは、必ずしも外部権力によって強制されたものじゃなく、内発的に求めていくことに非常に顕著な特徴がある。


職場の日々の仕事がスムーズに進み、どこからもクレームがかからない。みんなで静かに。自分の方からね。別に政府や行政から圧力がかかるわけじゃないのに。メディア自身がそうなっている」


そして、神奈川県教育委員会が「日の丸・君が代の公務員への強制」の例を挙げながら、


「強制っていうのは身体的強要を伴う。起立させ、歌わせる。人の内面を著しく侵している。これがファシズムでなくてなんですか」

と、ファシズムの怖さを示す。


さらにあの有名な レイ・ブラッドベリの未来小説『華氏451度』を引き合いに出して、


「華氏451度の世界では、本を読むことが禁止されている。そこで人間が記憶する歴史は数年だ。スポーツが奨励され、深く考えないことも奨励されている。まさに今です」


と「現代はそのものだ」と喝破する。


辺見は別の毎日新聞のインタビューでも、


「イタリアの作家、ウンベルト・エーコはファシズムについて『いかなる精髄も、単独の本質さえもない』と言っている。エーコ的に言えば、今の日本はファシズムの国だよ」

と指摘する。



「(ファシズムは)銃剣持ってざくざく行進というんじゃない。ファシズムはむしろ普通の職場、ルーティンワーク(日々の作業)の中にある。誰に指示されたわけでもないのに、自分の考えのない人びとが、どこからか文句が来るのが嫌だと、個人の表現や動きをしばりにかかるんです」

そして言論の状況について


「昔は気持ち悪いものは気持ち悪いと言えたんですよ。ところが今は『花は咲く』(被災地を応援するキャンペーンソング)を毛嫌いするような人物は反社会性人格障害や敵性思想傾向を疑われ、それとなく所属組織や社会から監視されてしまうようなムードがあるんじゃないの? 


政府、当局が押しつける政策や東京スカイツリー、六本木ヒルズ10周年といったお祭り騒ぎを疑う声だって、ほとんど出てこない。


それが今のファシズムの特徴です。


盾突く、いさかうという情念が社会から失われる一方、NHKの『八重の桜』や『坂の上の雲』のように、権力の命令がないのに日本人を賛美しようとする。皆で助け合って頑張ろう、ニッポンチャチャチャでやろうよと」


この空気を支えるキーワードとして、辺見は、哲学者アガンベンが多用する「ホモ・サケル」を挙げた。


「古代ローマの囚人で政治的、社会的権利をはぎ取られ、ただ生きているだけの『むき出しの生』という意味です。


日本でもホモ・サケルに近い層、言わば人間以下として放置される人たちが増えている。


80年代までは、そういう貧者が増えれば階級闘争が激しくなると思われていたけど、今は彼らがプロレタリアートとして組織化され立ち上がる予感は全くない。


それどころか保守化してファシズムの担い手になっている。例えば橋下徹・大阪市長に拍手をし、近隣諸国との軍拡競争を支持する層の多くは非受益者、貧困者なんです」

そしてこうした状況を打破するにはどうするばよいか?


「集合的なセンチメント(感情)に流されず、個人が直感、洞察力をどれだけ鍛えられるかにかかっている。集団としてどうこうではないと思うね」

と辺見は結ぶ。

いよいよ、真に個人が試される時代となった。

2013年9月9日月曜日

五輪招致の決定で、取り残される福島

東京の五輪招致決定のニュースを聞いて、まず、思ったことは、「これでまた、福島が切り捨てられる」だった。



福島が、日本政府に“捨てられる”のは、2度目だ。一度目は、明治維新のとき。新政府に歯向かう象徴だった会津藩の処遇は、新政府樹立後、厳しさを極めた。


そして、今回、安倍首相が、「汚染水は問題ない」とウソの答弁をしたことで、福島の人はまた、捨てられることになると感じた。


私はけして、好きな言葉ではないが、作家の澤地久枝さんは、最近の講演の中でそのことを「棄民」という言葉で表現している。


なんの当てもなく、具体的な根治方法もないまま、ただ、500億円の国費をかけて、汚染水を処理できるかのようなふりをしているだけなのに、まるで、すべてが丸く収まったかのような雰囲気が、福島以外の日本でいま蔓延している。


そして、今回の五輪招致決定で、その雰囲気が加速される。いや利用されるといった方がよいだろう。


政府はフクイチの根治処理ができないことを知っている。だから、これまでなんとか誤魔化そうとしてきた。


そして、今回の五輪招致の成功で、国民全体をさらに魔法にかけることができる呪文を政府は得たのだ。


安倍総理は世界に向けて、「汚染水の問題はない。コントロールできている」とまったくウソのアピールを行った。





ウソを誤魔化すには、ウソの上塗りをするしかない。今後、五輪開催が近づくにつれ、福島のことは忘れ去られるよう、世論誘導されていくだろう。


2年半しか経っていない現在でさえ、被災地のニュースはマスコミから激減している。ましてや、国民の気持ちを萎えさせる原発のことなどは、五輪開催の歓喜の声があふれる中、報道されようか?


しかし、日本国民はだまされていけない。


何度もいうが、「原発事故はけして収束していない」。汚染水問題でわかったように、まだ事故直後のままなのだ。


また、五輪招致できたことで、世界が福島の回復を保証したわけではない。五輪開催地を決める委員会のメンバーは、欲ボケした元スポーツマンと欧州の貴族たちだ。原発事故より、自分の懐の心配度合いが東京開催決定を決めたようなものだ。


一方で、安倍首相は「状況はコントロールされていて、東京にダメージを与えることは許されない」と啖呵をきったが、はたしてどうだろうか?


2020年といえば、南海地震が起こる可能性がもっとも高くなる時期であり直下地震千葉県東方沖地震が、それまでに発生していてもおかしくない。大地震の活動期と一致しているのだ。


もし、大地震が起きずとも、何らかの影響で、フクイチから放射能が関東周辺に漏れ出すことになれば、まちがいなく、五輪の開催は不可能になる。


私は五輪開催を否定しているのではない。フクイチの現状に目をつむり、福島の人々から、目を背けようとしている政府の体質を問題にしている。




東京五輪の成功を本当に心から祈りたい。

そして、そこでもたらされた富をどうか、福島(もちろん東北の被災地すべて)に役立ててもらいたい。けして、「棄民」されることがないように。

2013年9月5日木曜日

政府の汚染水対策、手遅れでなければよいが・・・

オリンピック開催地選考を前に、政府があわただしく、フクイチの汚染水問題の対策に乗りだした。


政府の基本方針は以下の2本の柱だ。

*地下水が原子炉建屋へ流入するのを防ぐ「凍土遮水壁」の設置

*「ALPS」と呼ばれる汚染水の浄化設備の増設




政府はこれらに、500億円近くの国費を投じる方針で、東電に代わって本格的に対策に乗り出す姿勢をアピールしている。


この政府対策について、今日までに、専門家らに取材した結果を本日はご報告する。


大きな問題点は2つ。


ひとつは国費を投じる問題。私たちの血税を投入することになるのだが、その前にしておかなければならないことがある。それは東京電力の清算だ。


東電の破たん処理をすることになしに、国費を投じることになれば、バブルの破たん処理と同様に、モラルハザードを呼び起こしかねないし、国民からの支持を取り付けることはできない。


東電の清算とは、東電そのものは当然として、さらに株主そして、融資を続けてきた銀行にも責任を背負わせることだ。それをもって、はじめて国費の投入は認められる。


東電や株主らの責任を追及することなしは絶対にありえない。


この問題に詳しい慶応大学教授の金子勝氏


「破綻処理を決めない限り、東電は生き残りのために福島への賠償費用を削るか、危険な原発を再稼働するか、

電力料金を際限なく引き上げるかしかない。いずれも国民に犠牲を強いる最悪の選択です。

東電任せでは、避難生活者はもちろん、国民も救われません」


そして、二つ目の問題点は


汚染水対策に用いられる方法自身が2つとも役に立たない可能性が高いことだ。


まずは、「凍土遮断壁」ついて。


具体的には、原子炉建屋周辺の土を人工的にマイナス40度に冷却して凍らせ、凍土の壁を構築して地下水を遮断する方式が想定されている。


だが、凍土壁は周囲1キロを超えるの長さが必要とされており、過去にこれほど大規模に実施された事例がない。


さらにこの方式だと、今後何十年にもわたって周辺の土を冷却し続ける必要があり、莫大な電力が必要となる。


また、配管の交換などのメンテナンスも必要があり、費用は極めて高額になる。


つまり、膨大な費用がかかるうえ、人類がだれも踏み入れたことがない、未知の領域への挑戦だということだ。


次に「ALPS」の問題だ。


事故後に開発・設置した、汚染水から62種類の放射性物質を取り除く「多核種除去設備(ALPS)」はいまだ本格稼働していないのが現状だ。


しかも、今回の汚染水流出で問題になっている核種のひとつ「トリチウム」は除去できない設備なのだ(詳細はhttp://eggman-warlrus.blogspot.jp/2013/08/blog-post_27.html


はっきり、言おう。


もう、水による原子炉の冷却方式はあきらめた方がいい。


本当は循環式冷却方式が、とられるはずだったが、あまりの設備の大きさと、つぎはぎ状態の工事だっために、もう無理な段階になっている。


原子炉を冷やした汚染水と、原発山側から大量に流れ注ぐ地下水に対して、延々に対処しても勝ち目などありうるはずはない。


ではどうすればよいのか?


いま、再びあの、京都大学・原子炉実験所の小出裕章氏は提唱する。


「水に代わって、金属による冷却です。

ヨーロッパの研究者から忠告をもらったのですが、具体的には鉛とかですね、ビスマスとか、そういう重金属の類を、多分溶けてしまって、どこかにあるだろうと思われている炉心のところまで送る。

その金属の、冷却材というか、熱伝導を使って炉心を冷やそうという発想です」


この方式もかなり未知数だということだが、タンクを増やしていくしかない、水による冷却方式よりはまだ、現実的かもしれない。


そして、私が何よりも心配することは、こうした手立ての遅れだ

もし、水にしろ、金属にしろ、どんどん後手に回ってしまうと、汚染水(放射能)漏れの拡大を防ぐことができなくなる。


それが意味することは、原発近くにもう、人が近づけなくなることを意味する。つまり、原発の廃炉処理はおろか、敷地内に誰も入ることはできず、事故を起こしたフクイチは放置されることになる。


冷却することができなくなった原子炉や使用済み核燃料がどうなるかは、想像しただけでおそろしい。



五輪招致に浮かれるみなさんは、そんなことまで考えているのだろうか?

2013年9月2日月曜日

ヒトラー台頭の戦前ドイツと現在の日本の類似性

本日はいつもとは、少し違った趣向で、話を進めたい。歴史の話だ。つい先日も国内外で話題になった、麻生太郎副総理のあの話だ。



『今3分2という話が良く出ていますが、ドイツのヒトラーは民主主義によって、きちんとした議会で多数を握ってヒトラーは出てきたんですよ。

ヒトラーはいかにも軍事力で取ったように思われる。ぜんぜん違いますよ、ヒトラーは選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ、間違わないでください。

そして彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパで最も進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。

常に憲法はよくとも、そういうことはありうるという事ですよ。

憲法はある日気付いたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。

誰も気付かないで変わった。あの手口、学んだらどうかね』



この発言がどうのこうのというのではない(すでに各識者が検証している)。


それよりも、ワイマール憲法下でヒトラー率いるナチス党が台頭する時代の雰囲気と、現在の日本の状況似ていることが非常に気になっている。


先に、当時との類似点を羅列する。



*背景に国民の強い閉塞感がある 

*武力をそがれ他国からの干渉を強く受ける

*押し付けられた平和憲法と国民が考える

*野党が乱立しつぶしあう状況にある

*選挙で与党と共産党だけが票をのばす


これらのことを頭に入れて、ヒトラー政権が誕生した当時を振り返ってみてもらいたい。


ナチス党が注目を集めたのは、1930年の国会選挙。18%の得票を取って、第2党になった。


その2年後の1932年の選挙では、得票率37%を取って一挙に第1党に躍り出ている。

 
この勢いをかって、ヒトラー1933年1月の選挙でもう一度勝負にでるが、まさかの不人気で33%(全体の3分1ほど)まで下落している。


ナチスは破竹の勢いで、政権をとったように誤解されているが(麻生さんも!)、実はそれほど当初は人気がなかった!


ヒトラーの政権の掌握はこの年から始まることになるが、そこでも意外と知られていないこと
がある。


当時、10名いた閣僚のうちナチスの党員はたった2名だったのだ(ここも麻生さんの誤解のポイント)。

しかし、政権を獲得したヒトラーはさらに策をめぐらす。


「これが最後の国会選挙である」と訴えて、その年の3月にもう一度選挙 を強行。露骨な選挙介入を行い、 44%まで票を獲得する。


が、これでも過半数をとれなかったがために、ナチスは、産業界とか重工業、農業団体の利益をも代表している保守政党と連合政権を組むことになる。


首相は国会で選出され、共和国大統領によって任命される。多数派を構成して、その代表者が首相に任命されるわけだ。


首相に任命されたヒトラーは78歳の高齢なヒンデンブルク大統領とともに、ワイマール憲法体性の議会政治を専制政治化していく。





大統領には2つの大きな権限が与えられている。


ひとつは首相を任免する『任免権』(多数派がなかったため、ヒトラーヒンデンブルクに任命される)、次にヒトラーの最大の力の元となる『大統領緊急令』だ。国家の非常事態に出されるオールマイティーの権力だ。

議会政治が弱まるとともに、この間、国会で可決成立した法律は激減している。それに反比例して、この「大統領緊急令」の数が急増している。


ここで、時代背景に目を投じてみよう。


当時、ドイツでは、アメリカではじまった大恐慌が経済を直撃して、それまで敗戦国ドイツの経済復興を側面で支援していたアメリカの資金がドイツから引き上げられていた。


その結果ドイツは金融危機に陥り、街に仕事のない労働者があふれた。


対外関係も行き詰まっていた。


ドイツは第一次大戦にやぶれ、ベルサイユ講和条約を結ぶわけだが、その内容は非常に過酷で、当時の国家予算の数倍にあたる賠償金を66年間に渡って支払うということを約束されていたり、軍備の制限もあった。


1933年の選挙ではナチスとともに共産党も大きく躍進していた(なんか本当にどこかの国似ている)が、ヒトラーはこの“政敵”を政権を専制化するために利用する。


ヒトラーが政権をとった後の、2月の末頃、ベルリンの国会議事堂が、あるオランダの共産主義者によって放火されるという事件があった。


これをナチス政権『共産党による国家転覆の陰謀』と決め付けた。人身の自由・言論の自由・集会の自由・結社の自由・信書の秘密、といった最も基本的な人権を、 非常事態だという理由で、停止したのだ。


そう、あの「大統領緊急令」を使って・・・。

当時、憲法改正の手続きをするには、『国会の議席の3分2以上の賛成』が必要だったが、前の選挙で、ナチスは44%の得票率しかとれず、連立していた保守党も8%程度だったので、足しても3分2を作れなかった。


そのために、共産党の国会議員を弾圧して、資格を剥奪した。つまり、母数を減らす策略にでたのだ。


この後は、ご存知のように全権を掌握したヒトラーは、ファシズム街道を突っ走ることになる。


「歴史は繰り返す」という。

まるで、どこかの国の雰囲気に似ていませんか?