2013年9月2日月曜日

ヒトラー台頭の戦前ドイツと現在の日本の類似性

本日はいつもとは、少し違った趣向で、話を進めたい。歴史の話だ。つい先日も国内外で話題になった、麻生太郎副総理のあの話だ。



『今3分2という話が良く出ていますが、ドイツのヒトラーは民主主義によって、きちんとした議会で多数を握ってヒトラーは出てきたんですよ。

ヒトラーはいかにも軍事力で取ったように思われる。ぜんぜん違いますよ、ヒトラーは選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ、間違わないでください。

そして彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパで最も進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。

常に憲法はよくとも、そういうことはありうるという事ですよ。

憲法はある日気付いたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。

誰も気付かないで変わった。あの手口、学んだらどうかね』



この発言がどうのこうのというのではない(すでに各識者が検証している)。


それよりも、ワイマール憲法下でヒトラー率いるナチス党が台頭する時代の雰囲気と、現在の日本の状況似ていることが非常に気になっている。


先に、当時との類似点を羅列する。



*背景に国民の強い閉塞感がある 

*武力をそがれ他国からの干渉を強く受ける

*押し付けられた平和憲法と国民が考える

*野党が乱立しつぶしあう状況にある

*選挙で与党と共産党だけが票をのばす


これらのことを頭に入れて、ヒトラー政権が誕生した当時を振り返ってみてもらいたい。


ナチス党が注目を集めたのは、1930年の国会選挙。18%の得票を取って、第2党になった。


その2年後の1932年の選挙では、得票率37%を取って一挙に第1党に躍り出ている。

 
この勢いをかって、ヒトラー1933年1月の選挙でもう一度勝負にでるが、まさかの不人気で33%(全体の3分1ほど)まで下落している。


ナチスは破竹の勢いで、政権をとったように誤解されているが(麻生さんも!)、実はそれほど当初は人気がなかった!


ヒトラーの政権の掌握はこの年から始まることになるが、そこでも意外と知られていないこと
がある。


当時、10名いた閣僚のうちナチスの党員はたった2名だったのだ(ここも麻生さんの誤解のポイント)。

しかし、政権を獲得したヒトラーはさらに策をめぐらす。


「これが最後の国会選挙である」と訴えて、その年の3月にもう一度選挙 を強行。露骨な選挙介入を行い、 44%まで票を獲得する。


が、これでも過半数をとれなかったがために、ナチスは、産業界とか重工業、農業団体の利益をも代表している保守政党と連合政権を組むことになる。


首相は国会で選出され、共和国大統領によって任命される。多数派を構成して、その代表者が首相に任命されるわけだ。


首相に任命されたヒトラーは78歳の高齢なヒンデンブルク大統領とともに、ワイマール憲法体性の議会政治を専制政治化していく。





大統領には2つの大きな権限が与えられている。


ひとつは首相を任免する『任免権』(多数派がなかったため、ヒトラーヒンデンブルクに任命される)、次にヒトラーの最大の力の元となる『大統領緊急令』だ。国家の非常事態に出されるオールマイティーの権力だ。

議会政治が弱まるとともに、この間、国会で可決成立した法律は激減している。それに反比例して、この「大統領緊急令」の数が急増している。


ここで、時代背景に目を投じてみよう。


当時、ドイツでは、アメリカではじまった大恐慌が経済を直撃して、それまで敗戦国ドイツの経済復興を側面で支援していたアメリカの資金がドイツから引き上げられていた。


その結果ドイツは金融危機に陥り、街に仕事のない労働者があふれた。


対外関係も行き詰まっていた。


ドイツは第一次大戦にやぶれ、ベルサイユ講和条約を結ぶわけだが、その内容は非常に過酷で、当時の国家予算の数倍にあたる賠償金を66年間に渡って支払うということを約束されていたり、軍備の制限もあった。


1933年の選挙ではナチスとともに共産党も大きく躍進していた(なんか本当にどこかの国似ている)が、ヒトラーはこの“政敵”を政権を専制化するために利用する。


ヒトラーが政権をとった後の、2月の末頃、ベルリンの国会議事堂が、あるオランダの共産主義者によって放火されるという事件があった。


これをナチス政権『共産党による国家転覆の陰謀』と決め付けた。人身の自由・言論の自由・集会の自由・結社の自由・信書の秘密、といった最も基本的な人権を、 非常事態だという理由で、停止したのだ。


そう、あの「大統領緊急令」を使って・・・。

当時、憲法改正の手続きをするには、『国会の議席の3分2以上の賛成』が必要だったが、前の選挙で、ナチスは44%の得票率しかとれず、連立していた保守党も8%程度だったので、足しても3分2を作れなかった。


そのために、共産党の国会議員を弾圧して、資格を剥奪した。つまり、母数を減らす策略にでたのだ。


この後は、ご存知のように全権を掌握したヒトラーは、ファシズム街道を突っ走ることになる。


「歴史は繰り返す」という。

まるで、どこかの国の雰囲気に似ていませんか?

1 件のコメント:

  1. 今の日本の議会は政権与党が3分の2を手中にしているし、マスメディア支配も著しいから、ナチスドイツより遥かに危機的。

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