2013年9月9日月曜日

五輪招致の決定で、取り残される福島

東京の五輪招致決定のニュースを聞いて、まず、思ったことは、「これでまた、福島が切り捨てられる」だった。



福島が、日本政府に“捨てられる”のは、2度目だ。一度目は、明治維新のとき。新政府に歯向かう象徴だった会津藩の処遇は、新政府樹立後、厳しさを極めた。


そして、今回、安倍首相が、「汚染水は問題ない」とウソの答弁をしたことで、福島の人はまた、捨てられることになると感じた。


私はけして、好きな言葉ではないが、作家の澤地久枝さんは、最近の講演の中でそのことを「棄民」という言葉で表現している。


なんの当てもなく、具体的な根治方法もないまま、ただ、500億円の国費をかけて、汚染水を処理できるかのようなふりをしているだけなのに、まるで、すべてが丸く収まったかのような雰囲気が、福島以外の日本でいま蔓延している。


そして、今回の五輪招致決定で、その雰囲気が加速される。いや利用されるといった方がよいだろう。


政府はフクイチの根治処理ができないことを知っている。だから、これまでなんとか誤魔化そうとしてきた。


そして、今回の五輪招致の成功で、国民全体をさらに魔法にかけることができる呪文を政府は得たのだ。


安倍総理は世界に向けて、「汚染水の問題はない。コントロールできている」とまったくウソのアピールを行った。





ウソを誤魔化すには、ウソの上塗りをするしかない。今後、五輪開催が近づくにつれ、福島のことは忘れ去られるよう、世論誘導されていくだろう。


2年半しか経っていない現在でさえ、被災地のニュースはマスコミから激減している。ましてや、国民の気持ちを萎えさせる原発のことなどは、五輪開催の歓喜の声があふれる中、報道されようか?


しかし、日本国民はだまされていけない。


何度もいうが、「原発事故はけして収束していない」。汚染水問題でわかったように、まだ事故直後のままなのだ。


また、五輪招致できたことで、世界が福島の回復を保証したわけではない。五輪開催地を決める委員会のメンバーは、欲ボケした元スポーツマンと欧州の貴族たちだ。原発事故より、自分の懐の心配度合いが東京開催決定を決めたようなものだ。


一方で、安倍首相は「状況はコントロールされていて、東京にダメージを与えることは許されない」と啖呵をきったが、はたしてどうだろうか?


2020年といえば、南海地震が起こる可能性がもっとも高くなる時期であり直下地震千葉県東方沖地震が、それまでに発生していてもおかしくない。大地震の活動期と一致しているのだ。


もし、大地震が起きずとも、何らかの影響で、フクイチから放射能が関東周辺に漏れ出すことになれば、まちがいなく、五輪の開催は不可能になる。


私は五輪開催を否定しているのではない。フクイチの現状に目をつむり、福島の人々から、目を背けようとしている政府の体質を問題にしている。




東京五輪の成功を本当に心から祈りたい。

そして、そこでもたらされた富をどうか、福島(もちろん東北の被災地すべて)に役立ててもらいたい。けして、「棄民」されることがないように。

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