2014年1月24日金曜日

東京都知事選の争点は「原発」。これは歴史的必然!

いよいよ、告示日を迎え、選挙戦の火蓋(ひぶた)が切られた東京都知事選。細川元首相の立候補に全国から注目ががぜん集まる中、マスコミの最近の論評には相変わらず、さえないものが多い。

その中心が「知事選の争点に原発はならない」というものだ。


原発の存続を考えるのは、国政レベルの話であって、メインに取り上げるのはおかしい、というもの。


また、「原発ゼロ」をワンイッシュー的にとらえての、選挙は福祉や、教育など直接、都民の生活と関係深い、都政では、ありえない、とする論評も多い。


しかし!だ。


今回の都知事選は、日本の戦後史の中で、まさにエポックメーキング的にものとすでになっている。


住民の生活に、次の知事の方針が大きく影響することは理解できる。


が、今回の都知事選で「原発」がテーマになることは、歴史的必然なのだ。


前回の総選挙などでは、民主党のあまりの醜態化に嫌気をさした国民が、選挙の選択枠をなくしたが故の自民党の圧勝となった。


それが証拠に自民党の比例区の前回(2012年)の得票率は
27.6%と2009年に、民主党に大敗した際の
得票率26.7%ほぼ変わらなかった


ちなみに前回の参院選でも自民党の得票率は35%。もとは42%もあったが、参院でも確実に支持を落としている。


けして、国民全体が自民党を強く支持しているわけではないのだ。



それがゆえに、今回の都知事選は次の総選挙まで待つことが許せない国民がおのずと注目する結果となった。


いわば、歴史的大きな流れに都知事選が飲み込まれた形だ。


すべては「原発」から始まる。


何度も3・11以降、私たちは訴えてきた。

「原発をとめなければ、日本は変わらない」


「原発」はたんに電気をつくるだけのプラントではない。


日本の戦後体制を築いてきた、大きな礎(いしずえ)だった。


現在の政官財に、人、物、そして金を供給してきた、まさにエネルギーの源だった。


それを壊すことが、くしくも安倍首相のいう、「戦後レジームからの脱却」と、本来ならばいえるはずなのだが・・・。


”歴史の神様”は、この流れから、私たち日本人が目を離すことを許さなかった。


いま一度、東京都知事選での「選択」を私たちに投げかけてきた。


ここを越えなければ、日本人は次のステップに踏み出すことができない。


個人的には強く支持するが、「原発ゼロ」が決まったわけではない。


もちろん、「原発再稼動」の選択もある。しかし、そこには、こうした背景を知っての結果であり、私たち日本人が選択したという事実が残る。


つまり、よい悪いは別に、意志表示したことが、歴史に刻まれ、歴史の裁定がしっかり下される


余談になるが、今回の細川元首相の立候補は、民主党ではない、新たな「野党」誕生につながるかもしれない(期待!)。


こうしたことを考えると、日本人の「年寄り」もまだまだ、捨てたものではない(失礼!)。



2014年1月15日水曜日

細川元首相立候補、東京都知事選に願うこと。



細川護熙元首相が正式に、東京都知事選に立候補した。反原発、脱原発を求める人たちにとっては吉報となり、盛り上がりを見せ始めている。


私は大阪に住んでいるので、もちろん、都知事選の投票権はないが、今回の選挙は、たんに東京都民だけの問題ではないと考えている。


全国の脱原発派からも熱い視線を集めている。


次の総選挙まで、3年も選挙がないとすれば、国民の意志表明を示すのにうってつけの場となっているからだ。選挙の結果が、ある意味、今後の原発の方向性を決めるものだといってもよい。


前回の総選挙では安倍首相率いる自民党が圧勝した。そこでは原発については、おもだった争点とはならず、民主党政権への批判と、経済立て直しがキーとなった。


国論を二分している原発については、いまも選挙では争われていない。


東京都民からすると、「原発のない東京で、なんでこの問題を選挙のテーマするの?」とする声もあるが、はたしてそうだろうか?


事故を起こした福島原発は、首都圏へ電力を供給していたことを忘れていけない。つまり、東京都民のために電気をつくっていたのだ。


放射能被害の危険性だけを、福島の人たちに押し付けていたプラントだった。


もし、東京都民には原発は関係ないとする都民がいるならば、都内に原発をつくればいい。


新潟の柏崎刈羽原発だって東京のためにあるのだ。


そして、全国民の10分1を擁する東京が、「原発NO!」を選択すれば、政権に対して、国政選挙なみの“パンチ”を十分に与えることになる。


策定が遅れている「エネルギー基本法」だって、官僚たちも結局は東京都知事選の結果を様子みている。つまり、脱原発派の声が怖いのだ。


細川氏の立候補が注目を集めていることに、安倍首相をはじめ、政権幹部たちは苛立ちを隠せないでいる。連日、会見を開き、なにかとケチをつけている。さらに、御用学者やメディアも、同じく,批判の声を大きくしている。


裏返せば、この選挙が原発問題にとっての「関が原」であるこを十分に理解していることを示す。


もし、推進派の候補が当選することになれば、なし崩し的に、再稼動が始まり、国外輸出も敢行され、「原発ムラ」は3・11前の勢力を盛り返すことになる。


日本人は何も学ばないことになる。


それだけに、大事な大事な選挙なのだが、脱原発派にとっては、困った状況にもなっている。


「ストップ原発」の旗頭を立てているのは、細川氏だけではないのだ。


同じく「脱原発」の旗を掲げる前日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏もすで、出馬を表明している。


つまり、脱原発派の票が割れる可能性がある。


残念ながら、この2候補とも、出馬の旗を降ろす様子は現在のところ、見せてはいないが、投票までの残された時間で、なんとか一本化を図ってもらいたい。


「いろんな人がいろんな意見をいって、選挙を戦えばよい」という声もあるようだが、今はそんなのん気なことをいってられない。


とにもかくにも、日本が脱原発へ舵を切ることが大事なのだ。


一本化への方策はいくらでもあるはずだ。一人があきらめるという方法もあれば、どちらかが知事で副知事というやり方もあるだろう。


ぜひなんとか、知恵をしぼって、お二人ともこの選挙に臨んでもらいたい。


もう日本は断崖絶壁のぎりぎりの状態にあるのだから。

2014年1月7日火曜日

新年早々、嫌なニュースが・・・やはりFUKU1で何かが起こっている!

新年早々、嫌なニュースが入ってきた。今年こそは、少しはいいニュースから書き始めたいと思っていたが、やはり、3・11以降は無理な望みだった。


嫌なニュースというのは、他でもない福島原発の話だ。


日本のマスコミでは、まったく取り上げられていないが、昨年12月後半に、福島原発周辺で、異常が起こった。


監視カメラが立ち込める水蒸気をとらえた。水蒸気は、原発周辺で、昨年12月の19、24,25,27日の4日間にわたり、観測された。


水蒸気は、原子炉施設内が高温となることを示すもので、これまでに何度か目撃されている。原因としては、水で冷却されている、原子炉内にあるとされる燃料棒がなんらかの理由で、冷やすことができなくなり、温度が上昇してしまうようなことが、推測されるが、詳細はわからずじまいだ。


それというのも、これらの原発施設周辺はあまりに、放射線量が高く、人が近づくことができないからだ。


話は少し、それたが、今回のニュースが嫌な理由は水蒸気だけの話では終わらないことだ。


実は、こうした現象を受けて、あろうことか、ロシア政府が、大統領令を政府の関係機関に発令したというのだ。







それはなんと
「福島原発の地下で核爆発が起きている」という。そして、「福島原発事故に関するすべての情報を集めろ」と指令をだしたとされる。


しかも、この大統領令は通常のものよりも、緊急性を要する、高いレベルに属するものだという。


残念ながらこれらの情報は一部海外メディアが報じただけで、現在のところ、ロシア政府の情報源の正確な確認はできていない。


しかし、もしこの情報が正しいとすれば、福島原発の地下で核爆発はいったい、どういうことか?


これは従来から、十分に予想されていたことだが、ルダウン、いやメルトスルーしたとされる燃料棒が、地下で再び、核反応を起こし、爆発したと推測される(再臨界し、地下水と反応、爆発)。





何よりも、恐れていたことだ。これに呼応するかのごとく、周辺では、放射線レベルが年末年末、急激に上昇している。


現地での調査できないだけに、すべて、予測だけの話だが、日本のマスコミはまったく、これらについて報道していない。


東電は水蒸気の発生についてだけは、認めている。


去年後半は、4号機の使用済み燃料棒の移送に、マスコミは集中したが、実は、あれは数ある危機の中でのONE OF THEMで、このメルトスルーした燃料が本当にやばい問題なのだ。


なにしろ、燃料がメルトダウンしているのか、メルトスルーしてるのか、いまどんな形をしているのか、そもそもどこにあるのか、まったくわかってはいない。


昔、映画にあったまさに「チャイナ・シンドローム」を地でいっている。


能天気な日本人は、もう、福島原発は収束して、アベノミクスで「我が世の春」を謳歌しているように思っているかもしれないが、危機はまったく去っていない。


ロシア政府が大統領令を発令したとすれば、かなしいかな、福島の事故はすでに、日本だけの問題では収まることができない証左で、すでに事態は地球規模的、危機に直面していることを示すものとなる。


今年は、笑い事ではすまされない、きびしい現実が次々とさらに迫ってくる年となりそうなだ。